犬を飼うということ

いつまでも君と……

それは呆気ないくらいの旅立ちだった。永遠の別れって? ~ラフと歩く日々 第2話~

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撮影&文:樫村 慧

経験した事のない地震が東日本を襲った時、茨城県北部にある、主人と私の実家も被災した。フットワークが軽い主人は、地震の次の朝には水や食料を買い込み、実家へと向かった。主人の実家の蔵が壊れ、週末ごとその片付けに追われていた頃、主人はひどい腰痛に苦しみ出した。整骨院や針に通ってもダメ。
それでも、ラフのお散歩には出かけていた。

内臓からくる痛みかもしれないからと説得して、仕事の半休を取り、近くの大学病院に行ったのは6月。

診断は――、ステージIVの膵臓癌――
背骨にも転移していた。

セカンドオピニオンの為、癌研も受診したが同じ診立て。手術は無理。通院による抗がん剤治療と言われた。私は癌研での治療がいいのではと話したが、主人は同じ治療なら、近くの大学病院にすると決めていた。おそらく、二男やラフの世話もある私が、癌研だと負担が大きいと考えてくれたのだろう。

6月下旬に背骨の放射線治療の為入院を決めて、それまでの数日、主人は仕事の引き継ぎに追われた。主人が入院した日から、ラフは明らかに元気がなくなり、お散歩も短めになった。

その頃の事はなぜだかあまり記憶がない。と言うか、思い出したくないだけなのかもしれないけど……

ステージIVの膵臓癌は厳しいとわかっていた。でも主人が冷静なのだから、私が取り乱すわけにはいかない。大学病院は近くて助かるけれど、ラフのお散歩などを思うと週に3回の都内での仕事は続けられないと、7月頭には辞めた。

錦糸町の職場は同期も先輩も優しくて、仕事はしんどいけどとても楽しかった。突然辞めなくてはいけなくなったと話すと、泣いてくれる先輩もいたし、今思っても辞めたくない仕事だった。

主人の為になんて言っていたけれど、結局は主人に何かあった時、自分が後悔したくないだけの事だったのかもしれない。

朝ラフとお散歩に出て、息子達を学校に出して、病院に向かう。
お昼過ぎに一度帰宅して、ラフのお散歩。
夕飯の下ごしらえをしてまた病院。
主人の夕飯がくる時間になると、長男と付き添いを変わってもらい、帰宅して二男と夕飯。そしてラフのお散歩。

そんな日が1ヶ月ちょっと続き、主人は退院してきた。その時のラフの喜びようときたらもう大変。
「ワウワウ、ワンワンワンワン」
おそらく「今までどこ行ってたの?待ってたんだよ」って言っていたはず。
少し痩せた主人は、顔をくしゃくしゃにして笑っていた。

通院での抗がん剤治療になって、主人は体調がいい日は、ラフのお散歩に一緒に来る事もあった。そんな時ラフのテンションは上がっていて、少し遅れて歩く主人を気にしながらも、尻尾をブンブン振りながら「父さん、こっちこっち」と張り切っていた。

単純でわかりやすい。犬ってそんなとこが本当に可愛い。
主人が抗がん剤の副作用に苦しんで、1人掛けソファに座っている時間が増えてきていた頃。いつものように朝のお散歩から帰り、ラフのお尻を拭こうとしたら「うううっ」と唸りだした。無視して続けるといきなり私の右腕をガブリと噛んだ。

本噛みだ、穴が開いて血が吹き出てる。

「痛〜い」と叫ぶと、ラフは階段を駆け上がって、主人のベッド脇に走り去った。
あまりの痛みに涙が出てきて、主人に当たった。
「ラフが噛んだんだよ、ラフが」
あの頃ラフのストレスは相当だったのだろう。私とのお散歩に、限界を感じていたのかもしれない。

でもね、あの噛まれた日から私は、やっとラフの飼い主になったような気がした。あの時の痛みで、ラフが認めてくれたような感じがした。

10月上旬、主人は抗がん剤の副作用が脳に出て、意識の混濁が起こった。
その日、お昼過ぎまで寝ていた主人が、起きてきたと思ったら薬を飲みだした。そして、飲み終えて3分もしないのにまた同じ薬を飲もうとした。
驚いて阻止すると、今度は怒り出す。

これは何かがおかしいと、大学に向かった長男に帰るよう頼んで、すぐに主人を大学病院に連れて行った。病院前で長男と合流し、主治医のいるフロアまで主人を連れて行くと顔見知りの看護師さんがいた。

「どうされましたか?」
「どうもしないのに連れてこられて」と主人。

「父さん、息子達の名前は?」
「いや、お前あれあれだよ」
私の質問に、息子の名前を思い出せない様子。

「父さん、うちの犬の名前は?」
「ラフだよ、ラフ」

それを聞いて長男と爆笑。看護師さんも、主人が何かおかしい事が理解出来た様子だった。検査の為に主人がいなくなった後長男が、「ラフの名前わかって息子達の名前言えないのってどうなの?」と苦笑い。
「でも父さんらしいでしょ、そういう人だから」と答えると、「確かにね」と笑っていた。

主人は今まで会った人の中で一番の犬バカなので、意識が混濁したって愛犬の名前は忘れない。

脳に副作用が出てしまったので、出来る治療が無くなった。モルヒネだけを処方してもらい自宅療法した。

2012年になり、おせち料理やお餅もしっかり食べていた主人の様子がおかしくなったのは、1月11日の朝。下血が止まらず救急車で運ばれた。痛み止めの点滴を始めて、すぐに主人は旅立った。

呆気ないくらいの旅立ちだった。

夕方6時過ぎに帰宅して、横たわる主人の所にラフを連れてきた。
ラフは顔の近くに寄って匂いを嗅いで、反対側からも同じ動作をした後、主人には触れずに隣にいた長男に甘えてきた。

「ああ、ラフはわかったんだね、父さんの魂がここにはないって、父さんは遠い所に行ったって理解したんだね」

 

――つづく――

 文:樫村 慧

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