犬を飼うということ

いつまでも君と……

白いソックスを履いたリンちゃん ~シワシワ顔の怒りん坊~

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文:樫村 慧

3年前のある日のことだ。5月のまだ日も昇らない薄暗い時間に、私は愛犬のゴールデンレトリバー、ラフを連れてお散歩に出た。その日、私にはちょっとした予感があった。

しばらく歩いて目を凝らすと、まっすぐに伸びた一本道の先にぼんやりと、私が探している”あの子”の姿があった。

「あっいた! ラフ、リンちゃんだよ」

声をかけると、ラフはほんの一瞬だけ、顔を上げて遠くに目をやった。

「今日もリンちゃんは、お父さんとお散歩してるんだね」

しかしラフは私の声をよそに、もう顔を下げてクンクンと、マーキングに忙しい。私は そんなラフを急かして、リンちゃんとお父さんに近づくいていった。

私たちに気付いたお父さんが、歩みを止めた。リンちゃんは、大型犬のラフと較べても大きい。”多分”リンちゃんは、土佐犬なのだろうと思う。”多分”と言うのには、ちょっとした理由がある――

「リンちゃ〜ん、元気?」私は少し離れたところから。大声で呼びかけた。朝の静寂のなかで、一際私の声は良く響いた。

「元気だよー」とお父さんの声。リンちゃんもこちらを見ている。

私は嬉しくて、ラフと一緒にりんちゃんを見つめ、こっちに近寄って来てくれないかと待った。――しかし、リンちゃんとお父さんは私の目の前で、曲がり角をひょいと曲がり消えてしまった。

「リンちゃん、行っちゃったね……」

なんとなく、そうなるだろうとは思っていた。がっかりしてラフに目を落とすと、ラフは何もなかったかのように、またマーキングを始めた。

 ――リンちゃんと最初に会ったのは、ラフが我が家に来てすぐの頃だ――

その時、まだ子犬だったリンちゃんは、お母さんに連れられて川沿いの道を散歩をしていた。リンちゃんというと名前は可愛いけれど、ボクサー犬と土佐犬をミックスしたような顔で、体はラフと同じくらいの大きさだった。

顔見知りになってから、私たちはよく立ち話をするようになり、リンちゃんを飼うことになった経緯を聞くことがあった。用水路と呼ばれていたその辺りは、濁った水が溜まっていて、平日でも釣り人が数人集まっていた。そこに捨てられて溺れていた子犬を、たまたま通りかかった大学生らしき青年が、飛び込んで助け出したのだという。

偶然その場に居合わせたリンちゃんのお母さんが、びしょ濡れになったその青年を心配そうに見つめていると、青年は「俺には飼えないので、お願いします」とその子犬を託してきたのだそうだ。

「そう言われちゃったら、飼うしかないもんね〜」

屈託無く笑う彼女の顔は、なぜかキラキラしていた。葛藤もあっただろうが、せっかく助けられた命だから、と背負い込んだのだろう。元々犬好きだったのか、そうでもなかったのか聞いてみたことはなかったが、彼女ならリンちゃんと幸せに暮らすだろうなと、確信が持てた。

生後5ヶ月でうちにきたラフより、少しだけ小さかったリンちゃん。しかしリンちゃんは会うたびにどんどん大きくなった。ラフと同じくらいの大きさになったリンちゃんは、脚の長さはラフの倍だった。

スラリと伸びた綺麗な脚、そのうちの一本は白色だった。前脚の右か左か覚えていないが、それは茶色の胴体に映えて、白いソックスを履いたようだった。犬種については、定かでなかったが、うちの主人は「あの土佐犬を何頭も飼ってるうちの子だろう。メスだから川に捨てたんだよ」と話していた。

川沿いから少し離れたところにあるその家は、この辺りでは有名だった。お散歩時に、うっかりそこを通りかかると、ものすごい勢いで吠えられてしまうので、私はわざとそこは避けて通っていた。同じように近寄らない飼い主が、たくさん居ただろう。

「家中の戸棚を開けてしまって大変なの」

ある日、リンちゃんのお母さんがこぼしていた。脚の長いリンちゃんは、かなり高いところまで届いてしまうのだ。それがどれ程大変か、聞いているだけで想像出来た。

小学生の子供さんもいると話していたので、手のかかるワンコがいると、かなりしんどかったに違いない。それでもお母さんは、リンちゃんを可愛がり、お散歩もマメにしていた。

当時の私は、主人が単身赴任中だったために、家事と子供2人の一切を背負いながら仕事をしていて、それに加えてラフの世話がのしかかっていた。正直言って、ラフがいる生活に少々疲れていた私は、「見習わなくてはなぁ」と思っていた。

お散歩でリンちゃんがやってくると、ラフは意外に素っ気なかった。そんなラフを、リンちゃんは最初厳しい顔つきで見ているのだが、ジリジリと近寄ってきて、クンクンと臭いを嗅ぐ。ラフは嫌がることもなく、りんちゃんに臭いを嗅がせ、はしゃいで遊ぶこともなく「じゃぁね、リンちゃん」と別れることが続いた。

――そんな風にして、2年ほどが過ぎた――

いつものように近寄ってきたリンちゃん。しかしその日は何故だか、突然「ううっ」と唸りだし、「ガウッ」とラフに飛びかかってきた。それに応戦しようとしたラフを、私は辛うじてリードで押さえ、何とか引き剥がした。

予想外のことに、リンちゃんのお母さんも私も驚いてしまい、お互い謝りながら、何とかその場を離れた。 飛びかかってきたリンちゃんにも、応戦しようとしたラフにも、かなりショックだった。しかし、怪我もせずに済んで良かった、と考えるようにした。大きい犬を飼うという大変さを、この時かなり痛感した。小さい頃から知ってるいる子でも、こんな風になるのかと、改めて気を引き締める機会になった。

女性の私が、30キロ以上あるラフをコントロールしなくてはならないのだから、生半可な気持ちではやっていけない。同じことを、きっとリンちゃんのお母さんも感じていただろう。 数日後、川沿いの道で会ったリンちゃんとお母さんは、もうラフの側にはやってこなかった。10メートル程離れたところで、「この間はごめんね」と言って、そのまま踵を返し、来た方へと戻っていった。

後ろ姿を見送りながら、私は複雑な気持ちを抱えていた。近寄れば、またこの間のようなことになるかもしれない。その時またラフを押さえることが出来るのだろうか、という気持ちと、もうリンちゃんとは仲良くは出来ないのだろうか、という気持ちがない交ぜになって、モヤモヤした。

それから、リンちゃんとお母さんをあまり見かけなくなった。お散歩のルートや時間帯を変えたのかもしれない。たまに遠くで見かけても、必ず途中の曲がり角を曲がって行ってしまう。会えないのは寂しいけれど、リンちゃんのお母さんはそれが最善だと決めたのだろう、と理解した。

それから、リンちゃんにはあまり会えなくなった―― 

たまに会っても、リンちゃんは顔をシワシワにして怒ってばかりだった――

  ――ラフは9歳になっていた――

主人が闘病の末に他界し、ラフのお散歩は、私1人でしなくてはいけなくなった。

リンちゃんは、たまに見かけることがあったが、いつもお父さんと一緒だった。お母さんを見かけなくなったのはいつ頃だっただろうか。お父さんも、ラフの姿を見ると近寄ってくることはなく、頭を下げてから違う道へと去っていった。小柄なお父さんに連れられたリンちゃんは、相変わらずモデルのようなスラリとした凛々しい姿だった。

リンちゃんは怒っているのだが、うちの家族全員がリンちゃんのファンだった。私はリンちゃんを見かけると嬉しくて、必ず長男に話をした。

「リンちゃんは、相変わらずかっこいいよ」とか――

「今日も、顔をシワシワにして怒ってたよ」とか――

 ――その日、私は何故だか、とってもリンちゃんに会いたかったんだ――

今考えると、何でそんな気持ちなったのかはっきりと分からない。ラフが腎不全だと分かったからだったのかもしれない。若くて元気だった頃を、ちょっと振り返りたかったのかな。

――予感がしたんだ、その日は――

何度か見かけたのが早朝だったので、会いたくてその時間帯にお散歩に出ると、お父さんに連れられたリンちゃんが遠くにいた。ビンゴ!

私は思い切って「リンちゃ〜ん、元気〜?」と声をかけてみた。リンちゃんはこっちを見たけれど、私とラフを認識したかどうかはわからない。

しかし「元気だよー」と答えてくれたお父さんは、きっとラフと私を思い出してくれたのだろう。

腎不全と闘って、11歳でラフは天国へと旅立ってしまったけど、リンちゃんはまだ元気でいるだろうか?

前脚1本にだけ白いソックスを履いたリンちゃんを、今でも時々思い出す。

 

文:樫村 慧

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