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【統計データ検証】特定の動物病院に利益が集中する可能性は? ~飼い主目線|加計学園問題(4/9)~

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 文:高栖匡躬

これまで3回にわたり、加計学園問題に端を発した『獣医師は足りているのか、足りていないのか?』という問題について書いてきました。

前回はそもそもの話で、動物病院の市場規模を探りました。これは要するに、儲からないと(少なくとも食える職業でないと)、誰も獣医師を目指さないだろうとの観点からの検証です。

順番的には次は動物病院との対比で、産業獣医師の話に触れることになるのですが、1回だけここでインターバルを挟もうと思います。読者の方から、ここまでの記事で、幾つか気になる質問をいただいているからです。

質問(或いは課題の提起)というのは、下記の3つです。

①ごく一部の動物病院に、富の多くが集中していたらどうなるのか?
②使用した統計データ自体に、重大な誤差がある可能性は?
③市場規模の計算に、保険会社発表の値を使うのは如何なものか?

【目次】

質問の理由について

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下記に3つの質問の、理由を書きます。

①ごく一部の動物病院に、富の多くが集中していたらどうなるのか?

前回、前々回の記事に書いた、動物病院の0.1%の売り上げが3億円以上であることからのご質問です。もしもその中に、売上数百億の動物病院があれば、統計上の平均値が、用を成さなくなるのではという懸念です。

②使用した統計データ自体に、重大な誤差がある可能性は?

本記事では、バラバラに行われた調査の統計データから全体を推論していますが、もしも精度の悪い調査が1つでもあれば、それが全体に波及するのではないかという懸念です。

③市場規模の計算に、保険会社発表の値を使うのは如何なものか?

本記事は動物病院の市場規模の計算に、保険会社発表の値(1頭あたりの医療費)を使いましたが、それが本当に客観性のある数字なのかと言う懸念がこの質問です。第三者の調査結果でなく、直接の利害関係者が発表したものだと、数字にバイアスが掛かっている可能性は無いのかと懸念されたのです。

上記3つとも、もっともなご意見であると思います。

ここから、筆者の所感をまとめていきたいと思います。
実は、②番目の検証の最中に、本件の本論とは逸れるものながら、興味深い問題を発見しました。そこも注意深く、ご覧いただけるとありがたいです。

一部の動物病院に、富(売上)が集中する可能性

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前回、前々回の記事では、売り上げが3億円以上の動物病院が、0.1%の割合と書きました。動物病院の総数は11,675施設なので、その中の12施設がそれにあたります。

参考:動物病院の年間総売り上げ

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引用元:卓話 菅木悠二氏 淀川中央動物病院 院長 | 大阪フレンドロータリークラブ

動物病院の売り上げの平均値は3000万円と、前回報告をしています。つまり売上3億円の動物病院というのは、1施設の売上だけで、平均的な動物病院の10施設分の売り上げを上げているという事です。

3億円”以上”と書かれているので、売上はもっと上の可能性もあります。もしも売上30億円の動物病院が存在するのなら、それは平均的な動物病院の100施設分にあたり、300億円であれば、1000施設分の売り上げが集中していることになります。

1000施設というのは、全国の施設数の8.5%にもなるので、推論の結果に与える影響は大きいでしょう。

動物病院の売上上位は、どうなっているのでしょうか?

最高売上の動物病院

インターネット上にある資料を探し回りましたが、残念ながら動物病院の売り上げをリストアップするようなものは、見当たりませんでした。しかしその代わりに、全国の動物病院中、最高の売り上げを誇る病院が見つかりました。

神奈川県川崎市に所在する、株式会社日本動物高度医療センター(JARMeC)がそれで、売上金額は16億887万8000円(2016年)です。

www.jarmec.jp

出典資料は下記にあります。

出典:動物病院運営の売上高ランキング

※本データは、決算データを公開している企業がランキングの対象なので。非上場で決算データを公開していない企業が存在する可能性は残されています。

0.1%の上位層が、全体に占める割合を計算

少々無理やりではありますが、動物病院の売上上位(売上3億円以上)が、全体の売り上げに占める割合を計算してみましょう。

動物病院の売上上位0.1%の平均売り上げを、3億円と16億887万8000円の中間値である、10億2387万8000円とすると、この上位層の総売り上げは、下記のように推定できます。
 1675施設×0.1%×10億2387万8000=119.54億円

動物病院全体で考えると、
 11675施設×3000万円=3502億5000万円

つまり影響は?

動物病院全体の売上3502.5億円に対し、3億円超の層119.54億円は、僅かに3.4%に過ぎません。よって、”動物病院の市場規模を概算する”という目的のためには、大きな影響はないものと筆者は考えます。

統計データの誤差が、推論を狂わせる可能性

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本記事においては、調査の年を2016年に絞り、それに近い年のデータしか存在ない場合には、データ推移の傾向を見ながら、補正を行いました。これによって、大きく性格が異なる数字同士を掛け合わせて、計算することを回避しています。

入手できる資料がインターネット上で公開できるものに絞っているため、統計の手法や、母数であるN値にばらつきがある事は避けられません。

言い訳をするようで恐縮なのですが、『公表されている概算値から、全体の傾向を推論する』という、記事の目的は果たしたのではないかと考えています。

推論が狂う例

当記事の事象ではないと申した上で、統計数値の選択によって、大きく推論が狂ってしまう1つの可能性を提示したいと思います。

犬の頭数は調査の方法と調査年で、数字がかなり異なります。厚生労働省が発表する犬の登録件数は横ばいで、この10年は約650万~680万頭です。それに対して、本記事でも使用している一般社団法人ペットフード協会の「全国犬猫飼育実態調査調査」は、一番多い年の2007年で13,101千頭、最新データの2016年が9,878千頭で、25%もの開きがあります。

もしも違う年代の調査数値をミックスして使ってしまうと、大きく結果が異なる場合があるわけです。

実は前回記事で少し触れた、狂犬病予防注射の接種割合で、その可能性があることに気が付きました。巷に定説のように流れている接種率の数字が、もしかするとこの間違いを犯しているのではないか? 或いは最新の統計データを反映しない、古い計算値が独り歩きをしているのではないか? と疑念が湧いたのです。

下記に、もう少しだけこの件に触れておきます。

本題とは違う課題:狂犬病予防接種の実施率

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犬の飼い主の中には、狂犬病予防接種の反対派がおり、その不要論の論拠となるのが予防接種の実施率なのですが、反対派が掲げている数字は、4割を下回る実施率となっています。実はこの数字は、犬の飼育頭数の一番多かった2007年で13,101千頭で計算されているようです。

一方で、狂犬病予防接種の実施数は、厚生労働省の調査では470万~500万頭でほぼ横ばい。

つまり、何年調査の飼育頭数で計算するかで、狂犬病予防接種の実施率は大きくも小さくもできる訳です。実際に計算してみると、2007年の実施率は、36.6%で確かに4割を下回りますが、2016年で計算すると、47.5%で5割弱。受けるイメージは大きく異なります。

上記の計算で用いたデータの原典は下記にあります。

犬の登録頭数と予防注射頭数等の年次別推移(昭和35年~平成27年度)

平成21年(2009年)犬猫飼育率全国調査

さてこの数字が意味するところは何なのか?

この狂犬病予防接種の問題については、別記事にて書こうと考えています。

計算に使用した、医療費の設定は適切なのか?

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前記事で、動物病院の潜在的市場規模の算出につかった、アニコム社調査の犬の医療費平均 81,991円が妥当なのか? という声もありました。高すぎると言う意見です。

しかしそれは筆者の経験に照らせば、むしろ安いくらいだと思います。

筆者の愛犬は2年前に天国に行ってしまいましたが、最期の僅か半年の医療費は、アニコム社の平均値で、犬の平均寿命14年分を全うさせたとしても、楽々おつりがくる金額でした。

また、本記事でも上げた、日本動物高度医療センター(JARMeC)は、実は筆者の愛犬が、更にその3年前に、胆管閉塞に罹患して駆け込んだ病院でもあります。

動物への高度医療を推進する同病院は、治療費もそれに応じて高額です。筆者の愛犬が当病院への入院時に行なった、精密な血液検査の費用だけで、10万円を越えました。
その後の入院費用も含めると、この時の治療費は、国産車の新車が買えるほどです。

しかしながら愛犬は、掛かり付けの動物病院の主治医が、安楽死を勧めるほどの重篤な状態から、元気な状態で戻ってきました。

今振り返っても、そこに投じた治療費は、まったく惜しいとは思わず、悔いもありません。これから先に同じ状況になって、もう一度そうするかと問われれば、何度でもやると筆者は答えるでしょう。犬好きとは、きっとそんなもののように思います。

とりあえず、今回のまとめ

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さて、ここまでで、街の動物病院に関しての考察は終わりにしたいと思います。掘り下げていくときりがありませんので。

次回からは、加計学園問題の本当の焦点である、産業獣医のお話です。

ここまでを回り道とは思わないで下さい。
実は、長い前置きは、加計学園問題を語るために、必要なものだったのです。

 

 このシリーズ記事の全体構成は

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――犬猫の飼い主が見た、加計学園問題・つづく――

※本連載は、次回よりWithcat.siteに移行いたします。続きはそちらでお読みください。

文:高栖匡躬
 ▶プロフィール
 ▶ 作者の一言
 ▶ 高栖 匡躬:犬の記事 ご紹介
 ▶ 高栖 匡躬:猫の記事 ご紹介

――次話です――

過去4話にわたり、街の動物病院について語りましたが、それは長い前置き。
今回からようやく問題の本質、産業獣医師について検証していきます。

そもそも産業獣医師って何?
調べて見ると、報道で使われる言葉が一定していません。
いわゆる識者と言われる人たちも、混同や混乱をしているんです。実は。

――前話です――

犬猫の1匹あたり医療費など、公開されている統計数値を使って、動物病院の収支を推測します。

実はこの値、現場の実数値から見た推測と大きな開きがあります。
その差を読み解く事で、色々な事が見えてきます。

まとめ読み|犬猫の飼い主が見た加計学園問題 ①
この記事は、下記のまとめ読みでもご覧になれます。

――初回の記事です――

結局、獣医師は足りているのか? いないのか?

 もう一つの動物医療問題(狂犬病予防注射) 

狂犬病予防注射実施率を検証してみる

この注射には賛否両論あるようだ。積極的に反対をする人もいる。
その反対の理由を読むと、なるほどと思う。
そこでまた、色々と調べて見ました。
そして、気が付いた。
「推進している側と、反対する側では、全く論点が違うんだ」

前回記事では、狂犬病予防注射の実施率が低いことを書きました。
その中でも30%台の数字はあったことには、特に驚きました。
その数字が、どこから来たのか?
疑問に感じて、追いかけてみたのが今日の記事です。
実施率って、ちょっとした数字の選び方で変わります。

 

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