悩みに賞味期限があるとしたら - 悩みはいつまで続く?
前回の『悩みの値段』に続いて、今回は 『悩みの賞味期限』 について書こうと思います。人生に悩みは尽きませんが、その悩みというものは、一体いつまで続いていくのでしょうか? そんなお話です。
今回も10年前の、大学院での講義を再現してみます。
【目次】
- 悩みに賞味期限があるとしたら - 悩みはいつまで続く?
- 悩みの賞味期限 - 講義の再現
- 永遠の悩みなんてない
- どうか前向きに
- 今でも、当時と同じように思うのです
- 関連の記事 - 闘病における飼い主の選択
悩みの賞味期限 - 講義の再現
――ここから、講義の再現です――
あなたには今、悩みがありますね?
人間、常に悩みがあって当然です。少しも恥ずかしいことではありません。
それでは1年前のあなたはどうでしょうか?
丁度1年前の今日も、やはりあなたは何かに悩んでいたはずです。
その悩みが何だったのか、思い出してください。
どうですか? 思い出しましたか?
思い出せませんよね、多分――
何故ならそれは、別にどうってことない悩みだったからです。
あなたが今でも、1年前の悩みを思い出して、当時と同じように悩んでいるとしたら、多分あなたの友人たちは、あなたに呆れてしまって、「いい加減にしたら?」と言う事でしょう。僕だって言いますよ、「もうそこらで、やめとけ」って。
では、1年前の悩みは、誰が解決したのでしょう?
それは言うまでもなく、あなた自身です。
どういう事か分かりますか?
あなたは自分が思っていた以上に強い人間であり、あなたが苦しんでいた悩みは、あなたが思っていたよりも、ささいな事だったというわけです。
あなたたちがこれから抱える悩みなんて、そんな程度のものなんですよ。
親が死んだって、友人が死んだって、似たようなものです。
これは、僕の経験からいう事実なので、嘘ではありません。
ましてや、あなたがこれから作る会社がどうにかなって、あなたがどんなに悩もうとも、外から見たらどうってことない事なんですよ。
だからね、大事なのは、頑張りすぎない事。
駄目と分かったら、すぐさま尻尾を巻いて逃げ出すことです。
やり過ぎなければ、何度だってチャンスはあるし、挑戦はできるんです。
失敗しても殺されないのが日本という国。
でもね、やりはじめたら、勝つまで挑戦し続けなければ、アホって言われて終わっちゃうから、それだけは覚えておいて下さいね。
――悩みの賞味期限の講義、ここまで――
永遠の悩みなんてない
当然ながら起業の悩みと、愛犬の闘病での悩みは随分と中身が違います。
しかし、共通していることはあります。
筆者が『悩みの値段』 と 『悩みの賞味期限』で、学生さんたちに伝えたかったのは、悩みというのは内容が何であれ、その量にも期間にも限りがあるということです。悩みはどんなに深かろうが、いつか必ず消え(或いは癒え)て、永遠に人を悩ますことはありません。
愛犬の闘病の場合もそれは同じだと思います。
永遠でないと分かっているからこそ、限られた時間を、愛犬のために捧げることができるのです。
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起業と愛犬の闘病が、最も違うのは、飼い主は愛犬の闘病から逃げ出すことができないという事でしょう。しかし、飼い主は起業家と違って、弱音を吐くことが許されています。
弱音くらいは、どんどん吐けば良いでしょう。だからなるべく早くに、その話を聞いてくれる相手を見つけることが大事だと思います。
どうか前向きに
大きな悩みを抱えている最中、我々はまるで自分が、世の中で一番不幸であるかのように考えがちです。しかし、まるで世界の終りのように思えた深刻な出来事も、振り返ってみると、いつの間にか時が解決をしてくれています。
時に癒されていると言うべきでしょうか。
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今、悩みの最中にある飼い主さんには、なかなか理解しづらいことかもしれません。
しかしそれでも敢て、「悩むのは、ほどほどにした方が良いですよ」 とお伝えしたいです。
いつかは消えていくのが悩みならば、それに囚われ過ぎて、今が犠牲になる、或いは今が不幸になるのはもったいない話です。少しでもその時間を、愛犬のために使ってあげてください。
今でも、当時と同じように思うのです
筆者が最初に、『悩みの値段』 と 『悩みの賞味期限』について書いたのは、愛犬のピーチーが、劇症肝炎から回復をしたすぐ後の事でした。その約7か月後、ピーチーが天国に旅立ったすぐ後に、今度は別のエッセイを書いて、またこの『悩みの値段』 と 『悩みの賞味期限』に触れました。
今はピーチーがいなくなって1年半。だから、これで3回目になります。
始めにこの記事を書いていた時には、想像もできなかった、愛犬の看取りを経験し、天国に見送って、それから色々な事を考えながら1年半が過ぎました。
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やはり気持ちは変わらないなあと、思っています。
むしろ、前よりも強くそれを確信していて、だからまたここで、この文章を書いています。
悩みと上手く付き合いながら、闘病には常に前向であること。
それが愛犬を救う事でもあり、飼い主自身の心が救われる、唯一の方法であるように思います。
ピーチーの闘病と介護で、我が家が体験してきたことが、いつの日かほんの僅かだけでも、みなさんの心の助けになることを祈っています。
――視点の変化で闘病は変わる(4/5)――
文:高栖匡躬
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――次話――
闘病は愛犬猫だけでなく、飼い主のものでもあります。
飼い主の視点でみると、それは身を切るような選択の連続といえます。
――選択は闘いなのだ――
――そこには覚悟がいるのだ――
そう思えば、見える景色が変わるのではないでしょうか?
シリーズ記事5つ目の記事です。
――前話――
人の悩みは、絶対的なものではなく、いつも相対的なものです。
つまり気持ちの持ち方次第で、大きくも小さくもなるということです。
愛犬の闘病では、飼い主の悩みは尽きません。
自分の経験に照らせば、”悩み”は意識して付き合わないと、必要以上に大きくなりがちです。
何故、愛犬の闘病で飼い主は悩むのか?
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この記事は、下記のまとめ読みでも読むことが出来ます。
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――この連載の1話目です――
愛犬の闘病で悩む飼い主さんは多い。
それは見えない不安が、心にのしかかるから。
これからどうなる? いつまで続く? 医療費は?
見えないものは仕方ない。しかし、見えているものはある。
不安に怯えるのではく、どうか前向きに。
愛犬のために、あなたのために。
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関連の記事 - 闘病における飼い主の選択
愛犬が重い病気を患った時、飼い主は孤独感と絶望感に満たされるものです。
獣医師から病気に告げられた瞬間に、床の底が抜けて、暗闇に落ちていくような感覚です。
さて、どうやって気持ちを立て直すのか?
踏みとどまらなければ――
愛犬のために。
そして――
あなたのために。
犬を飼い始めた時、別れの時は遥か未来の話でした。
しかし、あっという間に楽しい時間は過ぎて、その時が――
子犬でうちに来たのは、つい昨日のことのよう。
愛犬を看取ってみて思うのは、看取りは良い思い出だったということ。
視点を変えれば、つらい思いって、無いんじゃないかな?
そんなことを考えた記事です。