犬を飼うということ

いつまでも君と……

【ペットロス】3月31日 火葬を終えて ~うちの子が旅立ってからのこと(2/3)~

f:id:masami_takasu:20180315111300j:plain撮影&文:高栖匡躬

――当時を振り返り――

ピーチーは別れの翌日の朝、荼毘にふしました。

当日は、前の日のブログを書いて、それから斎場に向かいました。
気持ちとしては、沈んでいるのではなく、むしろ前向きでした。

ピーチーの死に様は、誇らしいものであったし、飼い主としての心中も「やり切った」という充実感がありました。
ペットロスの実感はありませんでした。
――とは言え、やはりさびしいなあという思い。

(扉の写真は遺影です。一番好きな写真の1枚でした)

 

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――以下、当時のブログより――

昨日の朝11時に、うちの奥さんと2人だけで、ピーチーを火葬してきました。今日はそのご報告をしたいと思います。湿っぽいのは嫌いなんで、淡々と描かせていただきます。

僕の故郷は鳥取の田舎で、子供の頃に飼っていた犬は、どの子も庭に埋めたので、ペットの火葬場なんていう場所は初めてです。

お棺は桐の立派な箱でした。
特に贅沢をしたわけでなく、主治医に勧められた斎場では、その桐のお棺と、バスケットの2つしか選択肢がなかったからそうなりました。

旅立ちの時に何を持たせてやろうかと、色々と斎場に持って行きました。ピーチーが遊んだ木の棒や、いつも付けている、お似合いの訓練用のチョークチェーン。歴代のよそ行きの首輪。買ったばかりのブーツなどです。

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しかし、この斎場では環境への配慮という理由で、基本はおやつ以外は持たせることができず、首輪も小さな金属の留め具程度までとの事。

結局、服を着るのが嫌いで、裸族だったピーチーにふさわしく、何も身に着けないで、おやつだけ持って旅立たせることにしました。それもまたピーチーらしいです。

亡骸の写真は撮らず、祭壇の写真だけを撮りました。
遺影は満面の笑顔の、見ているこっちが元気になるような写真です。

「ちっちゃな金属だから、これくらいは良いよね?」
奥さんは最後に、お棺の蓋と閉じるとき、キーホルダー式の小さなお守りを3つ、ピーチーの脚元に忍ばせてやりました。

いつも年始の初詣で買っていたお守り2つと、奥さんが出張で九州に行ったときに買ってきたものです。

火葬が終わると、斎場で骨上げもしました。
骨になったピーチーは、綺麗に並べられていました。
とても丁寧な仕事です。

ブルテリアらしいカエル足に続いて、その真ん中に尻尾の骨が続いています。
そして予想通り、ピーチーの石頭はかなり良い形で残っていました。
爪の芯のところも残るんですね。あれはただの毛細血管だと思っていました。

意外なことに、残った骨はコツコツと硬く、重みもあり、陶器のようです。
もっとボロボロになるかと思っていました。

僕は骨上げというのは、割と好きです。いつかは皆骨になるという無常感も良いですし、一つ一つそれを骨壺に収める都度、気持ちに区切りがついていきます。

うちでは、奥さんと2人でペンダントとキーホルダーを買いました。
ペンダントにはピーチーの尻尾の先の骨と、牙と、爪の芯を入れました。
今、僕の首に掛かっています。

キーホルダーには最後に、ピーチーの毛を少し切って入れました。
これはいつも持ち歩く、家の鍵にぶら下げてあります。

ピーチーは14年前に、
この小さな小さなダンボールの箱に入ってうちに来ました。

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そして14年が過ぎて、
ちょっどだけ大きな、
立派な桐の箱に入ってうちから出ていきました。

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両手に少しだけ余るほどの、
小さなアイパンチの可愛い女の子が、
こんなに立派に一生を送るとは思ってもみませんでした。

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よくやったな、ピーチー。
犬って、本当にすごいなー

 

――うちの子が旅立ってからのこと(2/3)つづく――

(ライター)高栖匡躬

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