犬を飼うということ

いつまでも君と……

【看取り】生き様と、死に様について ~視点を変えて見えるもの(3/4)~

f:id:masami_takasu:20180614203552j:plain文:高栖匡躬

ここまでの記事では、愛犬の闘病時の選択は、全てが飼い主に委ねられ、飼い主は自分の生き様に照らして、その選択をしていくのだと書きました。

生き様と言うと、随分と大げさに聞こえたかもしれませね。
しかし、その選択が愛犬の命を左右するものになってくると、それくらいの重大な覚悟がないと、なかなか気持ちの上でのバランスがとり辛いものでもあります。

理由なく重大な選択したという思いは、後になって自分を責める結果になりがちです。

何故その選択をしたのか?
その理由を、自分の生き様に求めることは、とても妥当なことのように筆者は思います。恐らくそうすることで、形の無い(解決のしようのない)悩みを、一つ減らすことになると思うのです。

さて、本記事ではこの生き様について、もう少しだけ掘り下げてみようと思います。

生き様の対極にある、死に様という言葉について――
そして、犬自身には”生き様”はあるの?

そんな事を考えながら――

 

 生き様と死に様について

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筆者の好きな言葉に、『生き様と死に様は同じ』 というものが有りあります。人の死生観、或いは人生感を語った言葉ですが、一体誰から聞いたのか、もう覚えていません。

インターネットで検索すると、『よく生きることは、よく死ぬことだ』という言葉が、洋画家の中川一政氏の言(げん)であると書かれてました。生前に氏が、ある禅僧から聞いた言葉だそうです。

似たようなものに、『よく死ぬことは、よく生きることだ』 という著作もあります。
フリージャーナリストの千葉敦子氏が、自らの乳癌との戦い(つきあい)を描いたエッセイで、筆者はこの本が出版された当時、題名に魅かれてハードカバーの単行本を購入しました。

さて、この『生き様と死に様は同じ』 の意味ですが、 ”生き様” 、 ”死に様” という単語の言葉尻をとらえて、あまり意味の無い解釈の議論もあるようです。

例えば 『死に方が無様な人は、その生き方も無様であったに違いない』 というような、死者に鞭を打つ解釈がそれです。

これでは実も蓋もないですね。
もっと前向きな意味に捉えれば良いと思うのですけれど……

※かつては ”生き様” も ”死に様”も、ネガティブな印象の言葉だったようです。今はポジティブな意味にも使われるようになり、使い方次第で意味が変わる言葉です。言葉は生きているのだと思います。

 

 死に方は自分で決めたい

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死に方は他人が評価するものではなく、自分が今わの際に、自分自身の心に問うものであると思いたいです。

いつか自分が死ぬ時には、『自分はよく生きたのだろうか?』という自分への問いかけに、自分自身が、『ああよく生きた』 或いは、『少し思い残すことはあるが、概ね満足だ』 と答えたいものです。

だから筆者は、『生き様と死に様は同じ』 という言葉の本質は、 『一生懸命に人生を生き抜いた人の死は、何も思い残すことが無く、爽やかなものである』 という教訓のようなものであり、かくありたいとの願いを込めたものだと思っています。

さて、それでは愛犬の死とは?

 

 犬の死生観

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犬は自分の死の意味について、考察することがあるのでしょうか?
それは無いだろうなと筆者は思います。

犬はただ真っ直ぐに、最期の瞬間まで ”生きる” ことだけを考えています。
死生観というのは、犬よりも心の弱い、人間だけが必要とする、拠り所に過ぎないと筆者は思います。

もしも犬の死生観を語るとしたら、それはきっと飼い主の死生観そのものなのではないでしょうか?

犬の生き方は、飼い主に大きく左右されます。
つまり ”犬の生き様” とは、飼い主の生き様を映す鏡であるとも言えます。

更に踏み込めば、”犬の死に様” というのは、飼い主の生き様そのものであるようにも思えます。

 

 死に方は変えられる

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旅だってしまった愛犬の死に方は、飼い主の心の中にある。

そう考えるのだとしたら、愛犬が去っていった後でも、幾らでもその死に方を良くすることができるように思います。

もしも愛犬の死を、少しでも意義あるものにしてやろうと願うのならば、飼い主はその悲しみを乗り越えて、その後の人生で、自分の生き様を良くして行けばよいわけです。

愛犬に恥じないように、これからも生き続けるという決心だけが、去って行ったわが子に手向ける、飼い主の真心なのではないでしょうか?

いつか天国で再会したときに、愛犬から「人間にしては、よくやった方だよ」と言われたいものです。

 

――看取り/視点を変えて見えるもの(3/4)つづく――

(ライター)高栖匡躬

――後話――

明日公開します

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