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虹の橋・考察 ~知っていたようで、実は知らなかったこと~

f:id:masami_takasu:20180811163106j:plain文:高栖匡躬 

今回の記事は、有名な『虹の橋』の詩に関する考察です。
『虹の橋』は愛犬、愛猫を失った多くの飼い主たちの、心の支えになっていることで、知られてます。しかしながら『虹の橋』 は、間違った使い方をされるケースが頻繁にあります。

恐らくそれは、『虹の橋の詩』を読まないで、伝聞によってなんとなく理解した方が多いためなのでしょう。

『虹の橋』 はその詩を読み内容を理解することで、もっと味わいのあるものになります。今回の記事は、『虹の橋』を誤解されていた方が理解を深める、良いきっかけになることを願って書いて行きます。

 

 まずは、原文(英語)のご紹介

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下記が、『虹の橋』の原文です。
(すぐ後に、翻訳文があります)

―― 『虹の橋』(原文) (作者不詳) ――

Just this side of Heaven is a place called Rainbow Bridge.
When an animal dies that has been especially close to someone here,
that pet goes to Rainbow Bridge.

There are meadows and hills for all of our special friends
so they can run and play together.

There is plenty of food, water and sunshine and
our friends are warm and comfortable.

 

All the animals who had been ill and old are restored to health and vigor;
those who were hurt or maimed are made whole and strong again,
just as we remember them in our dreams of days and times gone by.

The animals are happy and content, except for one small thing:
they each miss someone very special, someone who was left behind.

They all run and play together,
but the day comes when one suddenly stops and looks into the distance.

His bright eyes are intent; his eager body begins to quiver.
Suddenly, he breaks from the group, flying over the green grass, faster and faster.

 

You have been spotted, and when you and your special friend finally meet,
you cling together in joyous reunion, never to be parted again.

The happy kisses rain upon your face; your hands again caress the beloved head,
and you look once more into those trusting eyes,
so long gone from your life, but never absent from your heart.

Then you cross the Rainbow Bridge together...

 

 次に、翻訳文のご紹介

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『虹の橋』 の詩には、様々な翻訳文があります。
下記はそのうちの1つです。(筆者が一番良いと思う訳です)

――翻訳文――

天国の、ほんの少し手前に「虹の橋」と呼ばれるところがあります。
この地上にいる誰かと愛し合っていた動物はみな、死ぬとそこへ行くのです。
そこには草地や丘があり、彼らはみんなで走り回って遊びます。
食べ物も水もたっぷりあり、日が降り注ぎ、みんな暖かくて幸せです。

病気だった子も年老いていた子も、みんな元気を取り戻し、
傷ついていたり不自由なからだになっていた子も、
元のからだを取り戻すします。
まるで、過ぎた日の夢のように・・・

みんな幸せで満ち足りているけれど、ひとつだけ不満があります。
それは、自分にとっての特別な人が――、残してきてしまった人が
ここにいない寂しさ・・・

動物たちは、みんな一緒に走り回って遊んでいます。
でも、ある日、その中の1匹が突然立ち止まって、遠くを見つめます。
その瞳はきらきら輝いて、からだは喜びに震えはじめます。

突然その子はみんなから離れ、緑の草の上を走りはじめます。
速く、速く、飛ぶように。
その子は、あなたを見つけたのです。
あなたとあなたの友は、再会の喜びに固く抱きあいます。
そしてもう二度と離れたりはしません。

幸福のキスがあなたの顔に降りそそぎ、
あなたの両手は愛する友を優しく撫でます。
そしてあなたは、信頼にあふれる友の瞳をもう一度のぞき込みます。
あなたの人生から長い間失われていたけれど、
その心からは一日たりとも消えたことのなかったその瞳を。

それからあなたたちは、一緒に「虹の橋」を渡っていくのです・・・

 

 よくある誤解

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さて、『虹の橋』 の詩をお読みになって、どう感じられたでしょうか?

『虹の橋』 という言葉はよく知られていますが、その割に元の詩を、初めて読んだという方も多いのではないかと思います。

この詩を理解すると、多くの方が愛犬が旅立った際に用いていらっしゃる 、『虹の橋を渡る』という言葉は、間違った用法であることがお分かりになるかと思います。

愛犬は『虹の橋に行く』 のであって、渡ってはいません。
飼い主がくるのをずっとそこで待っていて、飼い主と一緒に『虹の橋』を渡って天国に行くのです。

待っている場所が、虹の橋のたもとなのか、虹の橋の上なのかは分かりませんが、大事なのは、愛犬は自分が先に天国に行くのではなく、ずっとそこで待っているのだと言う事です。

ほんのちょっとだけの差ですが、それだけでこの 『虹の橋』 の味わいは変わってきますよね。

つまり、『虹の橋』 は、失意の飼い主に対して、永遠の別れを慰めるものではなく、死は一時の別離だと、励ますことを意図しているわけです。

”必ずまた会える” ことを約束する詩が、『虹の橋』 だというわけです。

虹の橋について、意訳をするのならば、
『また必ず、虹の橋で会えるね』
『虹の橋で待っていてくれるよ』
という表現になるはずです。

 

 ミスマッチに気を付けて!

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もうお分かりだと思いますが、『虹の橋の詩』を理解していないと、『虹の橋』という言葉を使う際に、大きなミスマッチ(誤解やすれ違い)が生じる可能性があります。

愛犬を失った飼い主さんが『虹の橋』 の詩を十分に理解していている場合は、心の中ではこう思っているはずです。

「いつかあの子とは虹の橋で会って、一緒に天国に行くんだ。 ”だから” 元気をださなきゃ」

ところが、声を掛ける側が『虹の橋を渡った』 と表現してしまうと、次のような意味を伝えることになるのです。

「あの子は先に天国に行ってしまったね。 ”だけど” 天国で会えるんだから、元気をだしてね」

”だから””だけど” の違いです。

慰める側が、好意や善意で言ってくれていることは確かなので、聞く側の気持ちはとても微妙ですよね。

繰り返すようですが、『虹の橋』は、失意の底にいる友人や知人を励ます大切な言葉。詩の意味を汲んで用いてあげる方が、より真意が相手に伝わると思います。

ただし、言われる側が『虹の橋の詩』を理解していないことも多いので、実際にはミスマッチはそれほど起きていないのかもしれません。

さて、この 『虹の橋』 の詩ですが、2話と3話もあるようです。
歌詞でいうと、2番、3番という事です。

探して読んでみたら、飼い主の愛に恵まれなかった犬たちを慰める詩と、飼い主があまりに悲しんでいると、犬が浮かばれないよと諭す詩でした。

これは好みの問題かもしれませんが、筆者は2話と3話は、あまり良いとは思いませんでした。それはこの2つが、原文に後で誰かが創作を加えたのだということが、はっきり分かるからです。
行間に込める思いが1話に較べて軽いように感じられるし、文章の質が原文と違っています。

筆者の意見として言うならば、『虹の橋』 の詩は、1話だけで終わった方が良いように思います。

恵まれない子も救われて欲しいという願いも、悲しみ過ぎは良くないよと伝えたい思いも、どちらもあることはよく分かります。
しかし、全てを言葉で表現する必要は無く、後のことは読み手が心で察すれば良いと思うのです。

だって、それが詩というものだから。

 

 ここでほんの少し考察を

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結局、『虹の橋』 をどう捉えるかは、飼い主の死生観なのだと思います。

死んでしまった愛犬に、天国に行く前に待っていて欲しいのか、それとも先に天国に行って欲しいかの差です。

どちらも、飼い主が犬を愛する気持ちの発露――
暖かい気持ちの、表れなのだと思います。

筆者は愛犬ピーチーには、先に天国に行ってほしいと思いました。
だからその思いを以前に、『ピーチーは虹の橋を渡らない』 という記事に書きました。

しかし、虹の橋を否定している訳ではないのです。
うちには似合わないよと思うだけ。

もしも筆者が死を迎えた時に、ピーチーが天国に行かないで、虹の橋で待っていたとしたら――
そして、まっすぐに駆け寄ってきたとしたら――
それはものすごく嬉しいでしょうね。

「何だよ、お前らしくないな~」
そう言って、きっと、強く抱きしめることでしょう。

 

――次回は犬の十戒について考えます――

文:高栖匡躬
 

――次話(犬の十戒考察)はこちらです――

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