リンちゃんが起こした奇跡
リンちゃんの思い出
前話の続きです。
突然大きな花束を持って訪問して下さった、リンちゃんの飼い主さんご夫妻。
お線香を上げていただいた後で、ラフと主人の遺影を眺めながら、訪問の経緯について話をして下さった。
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私の職場の先輩から聞いて、拙著『白いソックスを履いたリンちゃん』を読んで下さったこと。嫁いだ娘さんから、サイト内にラフのエッセイがあると聞いて、それも読んで下さったこと。
そして――
その2つのエッセイを読んでくださってから、どうしても私に、会いに行こうと思って下さったこと。
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とにかく驚いた!
そして嬉しかった!
しかしまず私にはやらねければならないことがあった。
私はお礼を言う前に、なんの許可もいただかず、リンちゃんのエッセイを書いたことをお詫びした。それはずっと気になっていた事だったからだ。
「いやいや、書いてもらって嬉しかった」
お父さんからは、ありがたいお言葉をいただいた。
あのエッセイを書いて以来、私の心に刺さっていた小さなトゲが、綺麗に抜けた瞬間だった。
「本当にね、途中からはお父さんしかお散歩に連れて行けなかったから」
そうお母さんが付け加えた。やはり50キロあったリンちゃんを連れてお散歩するのは、小柄なお母さんには無理だったのだ。
これもまた、ずっと私が心配していた事だった。
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「あのエッセイにも書いてあったけど、リンは他の犬がいても、そっちには行かなくなったんだよね」
とお父さんが言った。そう、あの頃リンちゃんとお父さんは、私とラフの存在に気づいても、まるで私たちを避けるみたいに、手前の道を曲がって行ってしまうようになってしまっていた。
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しかしどうやら、私たちはお父さんから嫌われていたわけではなかった。
リンちゃんの心境の変化だったということ。
ラフとリンちゃんは仲が良いと思っていた。そのラフも含めて、他の犬を避けるようになったのはというのは、リンちゃんに何があったのだろう…
気になる所だが、それは今となっては、天国に行ったリンちゃんしか知らないことだ。
「ラフちゃんのお母さんは、いつも帽子をかぶって散歩してたよねぇ。」
確かに私はいつも目深に帽子をかぶって、ラフのお散歩へと出かけていた。もちろん、日焼け防止の意味もあるのだか、キャップをかぶるとキリッと気持ちが引き締まった。
34キロあったラフを連れてのお散歩は、それなりに覚悟がいいることだったのだ。突然、他の犬に遭遇した時など、咄嗟にリードを引いたり、なかなか神経を使うものだったから。
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「ラフちゃんのお父さんとね、あそこのグランドでリード外して遊ばせたりしててね。リンがお父さんを怪我させたことあったんだよ。顔に怪我させちゃって」
主人が怪我をしたことなど、全く記憶がなかった。記憶に残らないくらいの怪我なのだ、きっと。
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怪我について記憶はないが、そのグランドで、夜のお散歩時にラフのリードを外して遊ばせていたことは、偶然それを見た長男から聞かされていた。
「リードはずして遊ばせて大丈夫なの?」と。その頃、町内の回覧板には、[犬には必ずリードをつけましょう]という注意書きもあったし、頭の固い長男の心配も、もっともだった。
もちろん、主人にはやんわりと伝えていたが、その後リードを外さないで遊ばせていたかは、謎である。(私のお散歩時に外すことはもちろんなかったけれど)
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「ラフちゃんのお父さんがね、いつも『リンちゃんは自由だよなぁ』って言ってて。それが忘れられない」
お母さんが、そう仰った。
よそ様の愛犬をつかまえてそんな失礼なことを言っていたとは…一番自由なのは、うちの主人本人なのに…そうなのだ、うちの主人は生粋の犬好き自由人で、息子が生まれてからも「犬ほど愛せるか自信がない」などと、呟いて、私を驚かせたくらいの人である。予想に反して、二男の可愛がり方には、これまた驚いたのだけれど。
そんな具合に話が続いていった。
私は自分が一番印象に残っていることは、リンちゃんを引き取ることになった経緯だと話をした。
まだリンちゃんもラフも小さくて、一緒にお散歩していた頃ーー
川沿いの散歩道で、お母さんと立ち話をした時
「リンちゃんはここに捨てられてて。たまたま通りがかった青年が助けて、(自分には飼えないんでお願いします)って渡されちゃってさぁ。そう言われたら、飼わないわけにはいかないもんね」
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その話を聞いた時の衝撃は、今でも鮮明に覚えている。
川に子犬が捨てられていたーーどうしてそんな酷いことが出来るのかという衝撃と怒り。どんな事情があったとしても、必死で生きようとしている小さい命を川に捨てられるものなのか…
そこを、たまたま通りがかった青年の咄嗟の行動。
犬が川の中にいるのを見つけて、後先考えずに、川へと飛び込んで、救い出す勇気。
そして、それを託されたリンちゃんのお母さんの潔さ。
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ああ、なんて優しい人たちなのかーーきっとこの子は幸せになるなという確信。
当時、リンちゃんの飼い主さんのご自宅は新築だったそうだ。その真新しい家に、突然犬を連れて帰ったお母さんを、お父さん(ご主人)も、お子さん達も心良く受け入れてくれたのだろう。
リンちゃんを迎えてから、毎晩寝る時には、川の字になった布団の真ん中にリンちゃんが寝ていたと、お父さんは話していた。それを聞いただけでも、どれだけリンちゃんが可愛がられていたのかがよくわかった。
――つづく――
文:樫村 慧
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――次話――
話は、リンちゃんが亡くなった時のことへ――
土佐犬という犬種が受ける、偏見や差別についても語られます。
お父さん、お母さんに守られながら、眠るように旅立ったリンちゃん。
幸せだったかな?
お盆に起きた奇跡に、今は亡き子たちを思う。
――前話――
散歩道で知り合った、土佐犬のリンちゃん。
樫村慧さんがその思い出を、エッセイに綴ったのは1年前でした。
今は亡き愛犬ラフの、幼馴染――
ずっと前に、会えなくなって――
何となく気がかりで――
しかし、
エッセイが奇跡を引き寄せました。
今年の夏――
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この記事は、下記のまとめ読みでもご覧になれます。
樫村慧コメンタリー版です
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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リンちゃんの思い出
白いソックスを履いたリンちゃん
いつも散歩道で会っていた、土佐犬リンんちゃん。
いつしかそのリンちゃんは、散歩道に現れなくなりました。飼い主さんが人と会うのを避けるようになったのです。大型犬で闘犬の血が流れたリンちゃんには、いわれのない偏見の目が合ったのです。
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色々な選択肢があって、正解は一つではない。
わが家なりの送り方って何?
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