犬を飼うということ

いつまでも君と……

【名医とヤブ医者】獣医師/動物病院を選ぶ前に読む話 ~理由が分かれば対策もできる~

f:id:masami_takasu:20190209182256g:plain文:高栖匡躬 

皆さんは愛犬、愛猫が病気に罹ったときには、どうしていますか?
きっと、動物病院に行きますよね?
そして動物病院に行ったら、当然のように獣医師に頼ることになります。

――しかし!
その獣医師の診立ては、いつも正しいとは限りません。何故だか分かりますか?
その答えは、獣医師も人間の医師と同様に、名医もいればヤブ医者もいるからです。

今日はこの名医と、ヤブ医者について考えてみたいと思います。

【目次】

因みに、農林水産省の統計(平成28年度)によると、国家試験をパスして獣医として登録されているのは38,985人、街中の動物病院で開業または勤務している獣医師は15,330人です。大学病院にいる獣医師は含まれていません。
ご興味のある方は、こちらをどうぞ。

農林水産省:平成28年度 獣医師法第22条の届出状況

 

 名医とヤブ医者

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さて、それでは獣医師の中での名医、ヤブ医者というのは、どういう医師のことを指すのでしょうか?

名医の方は”割と簡単”です。普通の獣医師には直せない難しい病気を治せる方です。
人間の場合は、よくスーパードクターと称されます。
「私、絶対に失敗しないので」系ですね。
ただ、名医にはそればかりではない側面もあって、上の文章では”割と簡単”と書きました。なぜそうなのかについては、一番最後にもう一度触れます。

動物ではないのですが、筆者は過去に仕事で何人か、スーパードクターに会ったことがあります。どれくらいスーパーだったのか、お一人だけ例をあげます。

場所は都内の有名な、国立の医療機関。
お会いした理由は、ある女性のCTスキャンとMRI、PETの画像を見ていただくためでした。その女性は、地方の某有名大学病院で受診した人間ドックで、全身ガン(当然ながら末期)が発見されたばかり。治療に先立って、その道の権威にセカンドオピニオンを求めるのが目的でした。

「ああ、この程度なら治るね」というのが第一声でした。
あまりにも簡単に言うので、その場にいた誰もが驚きました。

しかも「あれ」っと言ってから、更にその画像をじっくり見た先生は、「これ、ガンじゃないよきっと」とのこと。もう一同、唖然です。
最初に診断をした某大学では、その女性がとても重要な患者さんだったので、いつもよりも多い人数の医師が読影に参加したそうです。そこで最終的に出した結果が末期の全身ガン。
結局、その都内の医療機関で精密検査を受けなおし、ガンではなかったことが判明しました。

それほど普通の医師と、スーパードクターには能力の差があるわけです。
しかもここで言う普通の医師は、有名大学の先生たちです。

 

 3つのヤブ医者

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名医の次に、ヤブ医者の話です。
見出しには3つのヤブ医者と書きましたが、まずヤブ医者というのは、次の2つに分かれるように思います。

1つ目のヤブ医者

1つ目は簡単です。医療知識や技術が乏しいにも関わらず診療をしている不心得者。
要するに病気を治すことができないのに診療をして、ペットや飼い主さんに迷惑をかける存在です。

分かりやすいのは、手術や麻酔の技術が未熟で、治る病気なのにペットを死なせてしまうような獣医師がそうですね。しかもこういう人たちは、自分のミスを認めなかったりします。
「私、失敗しました」
なのに、「手は尽くしたのですが、残念です」などと言い逃れをします。

よく病気の原因を追究せずに、やたらにステロイドを出するような獣医師もヤブ医者でしょう。炎症系の病気にはステロイドは、早く、よく効くので、短期的に症状を軽減させるにはもってこいです。

しかしステロイドは正しい使い方をしないと、中期的には病気を悪化させたり、深刻な副作用を生じさせたりしてしまいます。

こういような獣医師は、一部では”ステロイド獣医”と呼ばれているそうです。

なぜその薬を処方するのか? なぜその量を与えるのか? なぜその期間なのか?
そんな質問に明確に答えられない医師は、ヤブ医者の予備軍でしょう。なぜなら、質問に答えられないということは、即ち治療方針と治療計画が無いということを意味するからです。

医療は人間も動物も生き物が相手なので、治療に絶対はあり得ません。処方した薬で治らなかったり、悪化することだってあるはずです。しかし正当な治療方針と治療計画に基づいて行われたものであれば、修正が可能です。

反対にそれが無ければ、また当てずっぽうで別の薬が出てきます。こういったヤブ医者に遭遇すると、当てずっぽうが運よく当たるまで薬が変わっていくことになります。

2つ目のヤブ医者

ヤブ医者にはもう一つあります。それは獣医師自体は悪くなくて、飼い主さんがつくりだしてしまうものです。

このケースは飼い主さんと獣医師の意思疎通が十分でないために、ミスマッチで病気が治らない場合に起きることです。

飼い主さんの中には、獣医師が手術や療法食を勧めても、「可哀そうだから」という理由でそれを受け入れない方が一定数いらっしゃるようです。
以前に掲載した、ハナちゃんママの診察記にもそのことが書かれていました。

獣医師側からの嘆きです。

ハナちゃんママ以外でも、筆者と親しい獣医師(海外での臨床経験が長い、勉強熱心な獣医さんです)も、「真意が伝わらない飼い主さんのペットは、どうしても救えない」と嘆いていたことがありました。

どうしても飼い主さんが理解しない場合は、「これやらないと、死にますよ」と強く言うのだそうですが、そうすると余計に飼い主さんは頑なになってしまうとのこと。

飼い主さんがペットの病気が治ることを諦めているのならば、それも仕方がないことです。しかし治ることを期待しているのに、獣医師とのミスマッチが続いていくと不幸な最後が待っています。そんな時、飼い主さんから見たら、獣医師がヤブ医者ということになってしまうわけです。

実際に、後者の獣医師は、ご近所の一部では評判が悪いのです。
飼い主に厳しい獣医師は、嫌われてしまいがちということです。

3つ目のヤブ医者

実は2番目に書いたミスマッチタイプの延長線上に、3つ目のヤブ医者パターンが潜んでします。明らかに町の動物病院では治せない難しい病気なのに、いつまでも同じ動物病院に通院を続ける飼い主さんがいるのです。不思議ですね。

例えば心臓の弁膜症などは、専門医でないと治せませんね。そんな病気は幾らでもあります。我が家のピーチーが罹患した胆管閉塞や、劇症肝炎もそうでした。

飼い主さん側にも、費用や通院時間、距離など、色々な事情があるのでしょうが、大学病院や高度医療センターという、二次診療を選択肢に入れておかないと、治るはずの病気を、治せずに終わってしまうこともあるのです。

● ● ●

このようにヤブ医者は、獣医師本人に問題がある場合だけでなく、患者である飼い主が作り出してしまう場合もあるわけです。

極論すれば、名医+ダメ患者の組み合わせでも、生まれてしまうということ。
動物を飼うのは、難しいものなのです。

 

 ヤブ医者はなぜ生まれる?

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そもそも獣医師と言うのは、ヤブ医者が生まれやすい環境にあると思います。
くどいようですが、ヤブ医者と言うのは、上に書いたように不心得な医師という意味と、患者とのミスマッチという2つの意味を含んだものです。

以下に、そのヤブ医者が生まれる理由を列挙してみましょう。
これは、動物医療の難しさとも言い換えられます。

①そもそも動物病院は総合科である

動物病院は人間でいうと総合病院です。そしてその総合病院を、多くの場合たった1人か2人の獣医師で回しているわけです。

人間の病院であれば、最低でも外科、内科に分かれていますね。そして医師は、両方に専門性は求められません。

手術の腕は世界一なんだけれど、内科には今一つ自信がないという医師がいた場合、その方は間違いなく名医に分類されるでしょう。外科の先生は主に、手術の腕が問われる職業だからです。逆のパターンで、手術は下手なんだけど内科なら誰にも負けないという医師も、きっと名医ですね。

それでは動物病院は?

獣医師には内科、外科、両方の腕が求められますね。
仮に薬を処方させたらナンバーワンという獣医師がいたとして、その獣医師が手先が不器用で、手術痕が汚かったりしたらどうでしょう?

ヤブ医者とまではいかなくても、名医とは思われないでしょうね。

更に人間医療は、外科と内科だけにとどまらず、更に消化器科、循環器科と別れ、もっと専門性が高まると、臓器ごとに心臓外科や脳外科と細分化していきます。

病気が臓器のレベルまで細分化しても、なかなか病気が治らないのですから、もともと専門性が低い動物病院では、治せない病気が沢山あって当たり前なのだと思います。

 

②どんな動物も診る

動物病院によくやってくるのは、犬と猫ですね。
でも、よく考えてみてください。生物の系統図で見ると、犬も猫も哺乳類(生物学的に言うと、正しくは哺乳網)ですが、犬はイヌ科、猫はネコ科で、厳密には生物としての分類が違っています。

つまり獣医師は、2つの異なる生物を診ているわけです。
人間(系統図の中ではヒト)という1つの生物を診るのとは違い、2つの専門知識が必要になるのです。(共通点は多いものの)

しかも獣医師は、ウサギ科の動物も、ネズミ科の動物も診ます。
科の違う動物だけにとどまりません。鳥類や両生類、爬虫類といった、系統図ではもっと根本で枝分かれした生物も診なければなりません。

診る対象が増えると、1つの生物に対する専門性が、どんどんと失われていくのは当たり前のことです。

獣医師という職業の収支や、飼い主側の利便性をひとまず無視して、動物の治療成果だけに注目すると、総合病院である””動物病院“ではなく、”犬猫(だけ)”病院の方が望ましく、さらに”犬(だけ)病院”、”猫(だけ)病院”と別れていた方が、専門性が高まるわけです。

もちろん、そうしろと言っているわけではありません。
そうできないのだから、専門性は自ずと下がるということを言いたいのです。

 

③動物には問診ができない

動物は口をきけないので、問診ができません。
例えば痛みであれば、どこが痛いのか、それくらい痛いのか、いつから痛いのかがわかりません。違和感、倦怠感もそうです。

回復の度合いも推し量ることが難しいでしょう。
最近なんとなく体調が良い。ちょっと体が軽いとうような、小さいけれど大事なサインが、動物からは感知することができないのです。

飼い主さんからの間接的な問診はできますね。というか、それしか方法がありません。
しかしそれは、医療の専門家でない飼い主さんの観察力や表現力に頼るということです。

動物を診るだけでなく、飼い主さんの発する情報を読み解く力も必要になります。
人間の問診に比べて、はるかに難しいと思います。

④常に新しい知識を得ている医師は多くない

日々論文を読み、学会にも出席する獣医師はあまり多くはないそうです。

言い方は悪いかもしれませんが、最新の医療知識が無くても、犬猫の治療には事足りるということなのかもしれません。もちろん臨床での経験値は日々上がっていきますから、医師としての腕は良くなっていくのでしょうが。

外から新たな知識を得ていないということであれば、多くの場合、大学を卒業した時が学術知識の最高到達点で、あとは経験値が上がっていくだけということになります。
極論をすれば、30年前の知識+経験で治療している獣医師もいるということになります。

これは人間で言うと、歯科医師によく似ていると思います。
以前に医療関係者から『歯科医は経験豊富な医師よりも新人の方が良い』という言葉を聞いたことがあります。歯科医療は日進月歩なので、最新技術で治療してもらう方が、痛くないしクオリティが高いのだということでした。つまり歯科医師も、日々新しい医療情報に触れている方が少ないということです。
(歯科医の先生、もしも間違えていたら申し訳ありません。聞いたままのことを書きました)

さて、なぜ獣医師が知識の獲得に貪欲でないかというと、意外に儲からない商売なのだということに尽きるでしょう。

ご興味のある方は、こちらをどうぞ。
動物病院の売り上げについて、公になっている情報だけから推測した記事です。

獣医師の多くは、動物好きでその道を目指すのだそうです。
しかしいざその職業についてみると、現実は理想とは違います。

最新の情報を入手をしたくても、毎日の診察で忙しくて勉強時間が割けない。或いは沢山の動物を診なければならないために、1匹ずつの診察が雑にならざるを得ないというのが、実情なのだと思います。

とは言うものの、これは獣医師に限らず、どの職業でも同じことが言えますね。
時間のやりくりをし、寝る時間を削って勉強をしている獣医さんがいるのも、また事実なのですけれどね。

 

⑤動物の命が軽い

これは言い方が難しいのですが、事実として手術や投薬のミスで動物が死んでも、獣医師が責められることまずはありません。飼い主が治療法をおかしいと感じていたとしても、確かめようがないのです。

動物の医療過誤は発覚しにくいのが実情です。きちんと治療をしてもらえるかどうかは、獣医師の良心に頼るほかはないのです。

なぜ動物の医療過誤が発覚しにくいか?
それは検死の仕組みがないからだと思います。

以前に別の記事を書く際に調べてみたことがありますが、動物の検死をしてくれる医師は極めて稀なようです。どうしてもペットの死因を知りたい場合に、主治医に検死を依頼することはあるようです。

しかし、主治医の医療過誤を突き止めるために、他の病院で検死をしたいと思っても、それを引き受けてくれる病院は多くはないようです。

先の項に書いたように「手は尽くしたのですが、残念です」とか、「予想以上に病気の進行が早くて、既に手遅れでした」という説明を受けてしまうと、それ以上に突き詰めようとする飼い主さんは少ないでしょう。

最初は動物好きで始まるわけですから、不心得な獣医師がいたとしても、全員が最初からそうではなかったでしょう。チェックの仕組みがないと、だんだんと脇が甘くなるのはどの世界でも同じです。スポーツしかり、政治しかりです。
自分に甘くなるのが人間の常ですからね。

自身の治療ミスをすぐに認める獣医師は、恐らく相当に意識が高い少数派だと思います。筆者が知る中で、こちらが指摘した事実に対して、すぐに治療ミスを認めた獣医師が1人だけいらっしゃいました。本記事に前述した、筆者の親しい獣医師です。

先に書いた通り、海外の論文を読んで、常に勉強している方です。こちらが質問すると、分厚い英文の資料を開きながら、かみ砕いて教えてくれます。

多分、正直であること、自分に厳しくあることが、ご本人にとっての根本原理なのでしょうね。

 

 読者の体験談

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以下は筆者の周囲から集めたものです。
生の声ですね。

その1
先生の名のつく師業の方はプライド高い方多いと思います。
大学で学んでる訳でもない患者側に色々質問されると、不機嫌になる人が獣医に限らず医師は多いです。

これは自分が、人間の医療現場にいた際に感じtakotodesu。

その2
患者側のことを細々と聞きたがる先生もいるようです。
『熱心に色々診たいから』という獣医師がほとんどでしょうが、中には『支配的に患者をコントロールしたい』という、一種の新興宗教みたいな指向性の方もいると聞いたこともあります。

本当に獣医師選びは難しいです。

その3
テレビで有名な獣医師が、実際の開業病院の口コミをみると最悪だったりすることもあるあるかな…💦

患者と動物たちを思って学びたいと宣言し、実行されてる方はなかなか少ない印象です。

 

 まとめ

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こんな風に考えてみると、パーフェクトな獣医師は存在しないようにも思えてきますね。もしかすると動物医療そのものが、構造的に多くのことがが求められない分野なのかもしれません。

しかし、悲観的に考える必要はないように思います。
最初からそんなものだと思えば良いのです。

最初からそれが分かっていれば――
多くを求めないようにすれば――
獣医師との付き合い方や距離感が変わってくるように思います。

はじめからパーフェクトを求めずに、それぞれの獣医師に得意分野があると考えて、複数の医師の良いとこどりをすれば良いと筆者は思います。

最初はそれは、やりにくいと思うかもしれません。
獣医師の側からも反発があるかもしれません。
しかし、皆がそんな風にすればそう遠くなく、「そんなもんだ」と思える世の中になるように思います。

これは誰にも不利益が生じないでしょう。
得意分野だけをやっていたら、獣医師の側も失敗をしないで済む筈です。

参考のために、我が家の体験談を最後に書いておきます。
実はうちのピーチーは、複数の獣医師の良いとこどりしながら14年間過ごしてきたのです。

意識してそうしたわけではありません。
治してやりたくて――
命を救ってやりたくて――

必死にやっていたらそうなっていたのです。
普段なら主治医に対して失礼で言えないことも、うちの子の命がかかっていると、平気で言えたりするし、主治医も聞いてくれるものです。

そんなことを繰り返してやっていると、我が家はそうなのだと、主治医も諦めて付き合ってくれるようになります。面白いものです。


 名医はスーパードクターだけじゃない

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さて、ヤブ医者のことを長々と書いてきましたが、最後にもう一度、名医について触れておきます。

筆者は、名医とは(他の医師が治せない、難しい病気を治せる)スーパードクターだけではないと思っています。それは我が家のピーチーの治療で感じたことでした。

ピーチーの病歴について触れましょう。

ピーチーが診てもらっていた主治医は、自分のカバーする範囲をしっかりと見極めている方でした。そしてこれ以上は限界だと悟ると、二次診療の可能性を示唆してくださいました。そんなことが、ピーチーの一生では4度ありました。

1度目の二次診療
最初に二次診療を利用したのは、子犬のころから悩まされたアレルギー性の皮膚炎でした。ずっと治らなくて、ステロイドの処方量が増えてきたところで、主治医が大学病院への紹介状を書いてくださいました。

2度目の二次診療
2度目は、急性膵炎から胆管閉塞を併発したときでした。主治医は安楽死という選択肢を示しながらも、同時に勧めてくださったのが、先端医療センターでした。
ピーチーはそこで、ギリギリのところで命を拾いました。

3度目の二次診療
3度目の病気は癲癇でした。だんだん発作がひどくなり、薬を増やしても頻度が増した時です。主治医が紹介状を書いてくださったのが、高度医療センター(先の先端医療センターとは別)でした。受診したのは脳神経科です。
そこで処方された薬で、癲癇は大きく改善されました。

4度目の二次診療
4度目は劇症肝炎です。このときも安楽死の選択肢がありながら、最後の望みをかけて、高度医療センターに行きました。
この時もピーチーは、死の淵から戻ってきました。

ピーチーが動物病院に行ったのは生後半年のころ。
そこから、月1回の病院通いが14年以上続きました。

主治医は、長年ピーチーの健康状況を見続けてくれて、自分でできる手を尽くした後、手に負えないと判断したら、いち早く対応可能な病院に送りだしてくれました。
意識してやったわけではありませんが、これもまた動物医療の理想形の一つのように思います。

日々の細々としたこと。例えば下痢をしたとか、食欲がないというところまで、スーパードクターに頼ってはいられません。つくづくホームドクターと二次診療はセットなのだと今は思っています。

さて、こんな強運なピーチーですが、5度目の二次診療はありませんでした。
その5度目の闘病で、ピーチーは我が家で息を引き取ったのです。最後の脈をとったてくれたのは、その主治医の先生でした。

ピーチーの最後の闘病は肺がんでした。
それまでと違い、積極的な治療を選択しなかったった筆者は、主治医に事前にお願いをしていました。

いざというときには、安楽死のために往診をしてくれというお願いです。

主治医は快く、その願いを聞き入れてくれました。
その約束があったからこそ、うちでは最後の最後まで、安心して、全力でピーチーの介護を続けることができました。

筆者は、ピーチーの主治医もまた名医だったと思っています。

病気は治ればいい。誰が治すかは問題ではないのです。
治るお膳立てをしてくれた主治医は、何をおいても一番の名医だと思うのです。

また、病気を治すのとおなじくらいに大事なことが見取りです。
一生の締めくくりの大事な場面で、きちんと飼い主の心に寄り添える医師もまた、名医のように思います。

皆さんにお勧めしたいことがあります。
それは、まずは信頼できるホームドクターを作るということです。
そして、そのホームドクターには専門性は求めず、トータルなサポートを望むのです。

多分、それが一番良いやり方なんじゃないかなと思います。
どうかな?

 

――名医とヤブ医者・おしまい――

文:高栖匡躬
 

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この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。

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