犬を飼うということ

いつまでも君と……

【災害時のペット/外出先で】ショッピングモールでの帰宅困難 ~311、あの日、私と愛犬は(その1)~

f:id:masami_takasu:20190306012831j:plain文:Rikka

――2011年3月11日――

私と愛犬の龍馬は、当時関東に住んでいました。
震災の当日は、同じチワワを飼っている犬友さんと、初めて会って遊ぼう、と以前から約束をしている日でした。
待ち合わせ場所は、都内のとあるショッピングモール。犬連れで買い物ができるそのショッピングモールは、当時の自宅から電車で2時間かからないくらいの場所でした。

 飼い主同士、面識はあったものの、二人だけで会うのは初めてでしたので、まずはゆっくり食事でもしながら、交流を深めようということになりました。

飲食店の屋外テラスで食事しながら、2時間ほどたった頃でしょうか。
「少し地面が揺れてる?」と思っていると、続けざまに、今迄体感したことのない強い揺れが来ました――

その場所は、目の前がペットショップだったのですが、そこから、犬猫を見学していたお客さんや、仔犬を抱えた店員さんがわっと出てきました。
一瞬、何が起きたのかわからず、私も友人も動揺しましたが、すぐに飲食店の方が来て「会計はいいから避難してください」と言いました。とりあえず、友人が犬用バギー、私はキャリーで愛犬たちを抱えて、どこに行っていいかもわからないまま、安全な場所を探すことに。

 

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とても買い物どころではないと判断し、私達は「もう帰ろう」と駅に向かいました。
駅に着くと、そこはありえない程の人混みでした。どうやら電車も止まっていて、いつ再開できるかわからないということです。

『どうしよう…』二人ともただその場で、愛犬たちと座り込む事しかできませんでした。携帯も全く通じません。同じように行き場を無くした人が『東北で大きな地震があったらしい』と話しているのを耳にしました。

『都内にまで影響があるなんて、かなり甚大な被害のある地震ではないのか?』
この時私は、そう考えた記憶があります。

そうこうしてるうちに、また大きな余震が――
友人も私も「きゃー!」と思わず大きな声がでてしまいました。

キャリーにいる龍馬は、どうしたの? と思っている顔でしたが、特に怖がる様子もなく、おとなしくじっとしていてくれました。

初めの大きな揺れが来る数十分前に撮った写真。
1番手前が龍馬(当時7歳)

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まさかこの時はそのすぐ後に、
大きな地震がくるだなんて思っていませんでした。

やがて「この後はもう電車は動きません」とアナウンスが入りました。
益々私たちは、絶望感に苛まれることになりました。

そこで、友人があることを思いつきました。
弟さんが今日は仕事が休みで、家にいるはずだというのです。何とかして車でここまで来て貰おうと言い出しました。 

このとき犬たちはというと、私たちの心配をよそに動揺することもなく、のほほんとしていました。

龍馬は嫌なことがあると、てんかん様の発作を起こす事があるので、私はとても不安だったのですが、幸い特に気にするそぶりもなく、キャリーの中で座っていてくれました。

友人は弟さんにどうにか連絡が取れて、そこで迎えを待つことに。私はと言えば、帰る手段の目途が全くつかない為、途方に暮れてしまいました。しかし、友人を車で迎えに来てくれた弟さんと、同行したお母さんのご厚意で、私の自宅まで送ってもらえることになりました。あの時のご恩は今でも感謝しきれません。

私の自宅に着くまでは、7~8時間ほどの時間を要しました。
その道中、あらゆるコンビニのドアは開いたままで、店内の品物はほぼ無くなっていました。

夜になっても店内はおろか、街中の電気はつきません。信号も消えているので、警察の方が誘導をしている状態。そんな光景を見て、私は『これは本当にただ事でないことが起きている』と実感したのです。

 

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無事に帰宅ができた、翌日のこと。
福島の第1原発が水蒸気爆発を起こす瞬間を、テレビで目にしました。

実は私の夫はその当時、この原発事故の影響で避難を余儀なくされた人々の一人なのですが、その時にはまだお互いのことなど知りません。そんな人と後に結婚することになるなんて、思ってもいませんでした。

夫は地震の当日、福島県の海側の浜通り地区に住んでいて、いつも通り仕事をしていたそうです。勤務中に物凄い揺れが来て、仕事どころではなくなり、みんな帰ることになったのだと言います。

これは後で知ったことですが、職場の数百メートル手前まで、津波が迫っていたのだそうです――

その場所では、津波で多くの方が亡くなったのだと、夫は言っていました……

第1原発の水蒸気爆発の時には、役所から一時的に遠方に避難するようにと指示があり、夫は言われるがまま他県の避難所へ行き、そこから半年くらい避難所生活をしなければならなかったそうです。

夫の話によると、『すぐに帰れる』という様な説明だった為に、近所でペットを飼っていたお宅は、ペットをそのまま自宅に残していく人も多かったそうです。
その後、その仔達がどうなったかは――
当時、嫌というほどテレビで目にしましたね。

 

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震災から今年で8年目。
当時シニアに入りたてだった龍馬も、現在はすっかりお爺さん犬になりました。

もうあのような災害は二度と起きて欲しくないけれど、あの地震を教訓にして、万が一を考えて色々と備える様になりました。

迷子札やマイクロチップの装着。いざという時の鑑札番号など控えたメモはスマホに登録。自宅で被災したらすぐ逃げられる様に、キャリーやリードはわかりやすいところに置いていて、なるべくフードなどは在庫がある状態で購入しています。

いざという時のための備えや、訓練は絶対に必要になります。

以前、私は迷子札に関しての記事も書いていますので、よろしければそちらもご覧ください。

東日本大震災の後、いくつかの地域で大きな地震がありました。その度にペットの避難に関して問題になっています。

甚大な被害が出たり、避難対応などに問題があった地域も、あの時の教訓が活かしきれてないと思うことや、避難に関する内容がペットに優しくないなと感じることがあります。災害時、ペットにも人にも優しい地域が1ヶ所でも多く増えます様にと願ってやみません。

そして、行政だけでなく、自分達飼い主が愛犬を守るため様々な対策を考えていかなくてはなりません。

 あの未曾有の災害を忘れることなく、愛犬の万が一の時の為、今一度振り返って、必要な準備は怠らないようにしたいと思っています。

 

――311、あの日、私と愛犬は(その1)――

文:Rikka
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――連作、次話――

週刊Withdog&Withcat
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。

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