犬を飼うということ

Withdog 犬と飼い主の絆について

【警察犬訓練学校・体験談】自信をなくしたピーチーは… ~警察犬の学校に行く(2/4)~【犬の躾とトレーニング 】

【関連コンテンツ】

警察犬の学校に行くということ
警察犬の学校に行くということ

撮影&文|高栖匡躬
 
こんな方に
警察犬訓練学校・訓練所はどんな所?|どんなトレーニングをするの?|訓練士の腕前は?|訓練の成果は?|普通のドッグトレーナーとどちらがいいの?|経験者の話を聞きたい

 学校に行って1か月 - はじめての面会

ピーチーを学校にやってから、1か月が経ちました。
学校では1か月に1回だけ、愛犬への面会が許されています。
つまり――、遂に待ちに待った、面会の日がやって来たのです。

筆者と奥さんはソワソワと、指定された時間に警察犬の学校に向かいました。

そこはトレーナーさんの住居の敷地に、犬舎を併設した造りになっており、玄関で呼鈴を押すと、トレーナーさんの奥様が応対してくださいました。

「先ほど散歩に出たところです。お約束があるのは分かっていますから、10分程で帰ってくると思います」

そう言われた筆者と奥さんは、しばらく外をブラブラしながら待つことにしました。
周囲を散策していると、ずっと先の路地を横切る人影が見えました。犬を散歩しているようです。そして、ゼンマイ仕掛けの玩具のような歩き方をするその犬は、ピーチーにそっくりでした。

「ピーチーかな?」
筆者が言うと、「違うでしょう」と奥さんが答えました。チラと見ただけでしたが、その犬はピーチーよりずっと体も大きかったし、顔も面長でした。

 

 トレーナーさんのあだ名は、チッチ先生

時間を開けてから

筆者たちは奥様に言われたとおりに、10分ほどブラブラして時間を開け、もう一度学校に戻りました。玄関先にはまた奥様が出てくださいました。トレーナーさんは既に帰って来ているそうです。

居間に通されて、こたつに入って待っていると、やがてトレーナーさんが現れました。そうそうこのトレーナーさんですが、普段からの癖らしくて、時々「チッ」舌打ちをなさるので、筆者たちは親しみを込めて『チッチ先生』と呼んでいました。もちろん筆者と奥さんの二人だけでです。

筆者にとってトレーナさんは、チッチ先生と称した方が自然なので、これ以降は『チッチ先生』と書くことにします。

さて、居間に入ってきたチッチ先生ですが、その脇に犬を抱えていました。見慣れないブルテリアです。

「それは、ピーチーですか?」
筆者がおずおずと訊ねると、「そうですよ」とチッチ先生は事もなげに答えました。

そうです。ピーチーは僅か1ヶ月の間に、グーンとマズル(口まわりから鼻先)が伸びて、仔犬から立派なブルテリアの顔つきになっていたのです。やはり先ほど外で見かけたのは、ピーチーだったようです。

正直言って、これには少々戸惑いました。抱かせてもらっても、ピーチーとは違う、どこか別の子を抱いているようでした。

ピーチーの方はというと、ちゃんと筆者たちのことを覚えてくれていて、尻尾を振って応えてくれました。
――でも、それはほんの少しだけでした。

 

 チッチ先生の流儀

元気のないピーチー

ピーチーは元気がないというか、しょんぼりとして、なんだか自信を無くしているように見えました。顔を見てもすぐに目をそらしてしまいます。

これが、まさにその時のピーチーの写真です
元気のないピーチー

元気のないピーチー その2
なんだか元気がないでしょう?

「ピーチーの様子がおかしいのですが、大丈夫でしょうか?」
早速、筆者はチッチ先生に訊ねました。

チッチ先生は「問題ありません」と即答です。
そして続けてこう言いました。「最初は犬の人格(犬格?)を否定するほど徹底的にやるのでこうなるのです」

筆者は、徹底的にやるの、”やる”の中身が一体何なのかとても気になりました。
しかし、あまりにもチッチ先生が毅然としていて、自信満々に言うものですから、それが何を意味するのか、聞きそびれてしまいました。

チッチ先生はこうも言いました。
「家に帰ると、飼い主はどんなに厳しくしようとしても、自分の愛犬にはどうしても甘くなるものなので、ここでは厳しめに躾を入れるのです」

どうやらそれが、チッチ先生の流儀のようです。

以前に何かの本で、人間を洗脳するときのことを読んだことがあります。
そこには、施術者は被験者の脳を一旦白紙に戻してから、新しい情報を刷りこむのだと書かれていました。よくよく考えると、しつけとは言い方を変えたら、洗脳のようなものなのかもしれませんね。

 

 軍用犬の悲しい話

ベトナム戦争の犬

そう言えば、知っていますか?

軍用犬って、パートナーである兵士の手からしか、ご飯を食べないんですよ。敵に毒を盛られないように、徹底的にしつけてあるんですね。

人間も犬も、命を賭けた戦場では、強いしつけ=強い絆なのですが、そのしつけが、仇になった例があります。

ベトナム戦争のとき、撤退するアメリカ軍は、軍用犬をその場に置いていきました。ヘリコプターには積載重量に限りがあるので、人間が優先されたんですね。

犬を置き去りにして戦場を去る兵士(軍用犬は、犬とパートナーが常に1対1です)は、自分のヘルメットにご飯をいれてやって犬に与えました。そして、犬がそれを食べている間に現場を去ったそうです。彼らはその後、犬たちがどうなるか分かっていて、泣きながら戦場を去っていったんです。

パートナーを失った軍用犬は、何も食べるものが無いので、飢え死にするしかないのですね。野犬になって小動物を狩ったり、やさしい現地の人間からご飯をもらうことも出来ないのですから。

 厳しい躾けだったけれど

強力な躾が入ったピーチー

この軍用犬のことを知って以来、筆者はいつか関東に大地震が来たら、ピーチーはどうなるのだろうかと考えていました。

うちのピーチーは、チッチ先生の教えの甲斐あって、絶対に盗み食いをしない、賢い子に育ちました。

――いや、絶対ではないな。訂正します。

14年の間に、10回ほどしか盗み食いをしたことが無い、割と賢い子になりました。
別の記事に書く予定ですが、後に癲癇(てんかん)の発作で、入っていたしつけがとれてしまった時にも、この盗み食いはしない決まりは、しっかりと守ったほどです。

もしも本当に大地震が起きて、筆者も奥さんも家に帰れなくなってしまったら、ピーチーは自分のハウスの上に置いてあるおやつを、「お腹すいたな~、美味しそうだな~」と思いながら、きっと飢え死にしてしまうのだと思います。

普段はこんな風に、
おやつはハウスの上に無造作に置いてありました
(透明の筒の中がおやつです)
ハウスの上にあるおやつ
見て分かる通り、簡単に開けられる容器です。
でも、ピーチーは一度もそれを、
自分で開けて食べたことがありませんでした

チッチ先生から、最高のトレーニングをしてもらって、ピーチーは本当に良い子になったけれど、この躾だけは、もうちょっと弱くても良かったんじゃないかなと、思ったものでした。

念のために言っておきますが、ピーチーは厳しくしつけられたけれど、チッチ先生のことが大好きで、チッチ先生の前ではいつも尻尾を振っていました。 

警察犬の学校を卒業してから、6年か7年たった頃の話です。
車でピーチーを連れて移動中に、偶然にも学校の近くを通り掛かったことがあり、折角だからと、懐かしい学校に寄らせてもらったことがありました。
その時、ピーチーはちゃんとチッチ先生を覚えていて、もう目に見えないくらいの凄い勢いで尻尾を振ってましたよ。

閑話休題――
こんな風にピーチーは、厳しいながらも愛情に溢れた、チッチ先生のトレーニングを受けていました。

学校に入れた後の飼い主の気持ちはというと――、正直言って寂しいです。
軽いペットロスみたいなものだと思います。
しかし、ピーチーのためだと思ってやってことですからね。

さて次回は、2回目の面会について書きましょう。
チッチ先生からは、色んなことを教わりました。

 

――警察犬の学校に行くということ(2/4)つづく――

文:高栖匡躬
 ▶プロフィール
 ▶ 作者の一言
 ▶ 高栖 匡躬:犬の記事 ご紹介
 ▶ 高栖 匡躬:猫の記事 ご紹介

――次話――

2度目の面会日は散歩のトレーニングを――
ピタリと脚側歩行を決める、名犬のピーチーがいました。
しかし立ち止まったとき、”アレ”をやりました。
『カエル足』です!
驚きました。
このポーズ、させたら駄目と言われましたが、
あまりにも面白くて――

――前話――

もう18年も前のこと。
うちのピーチーは、警察犬の学校に入りました。
別に、警察犬にさせたかった訳ではありません。
何故そのようなことをしたのか?
その当時は、やむにやまれぬ事情がありました。
子犬の時期に、3ヶ月家を離れることになります。
しかし、良いことが沢山ありました。
そんなお話です。

まとめ読み|警察犬の学校に行くということ
この記事は、下記のまとめ読みでもご覧になれます。

週刊Withdog&Withcat
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。

 愛すべきブルテリアたち

ミニチュア・ブルテリア|ディアン

ペットショップで心を奪われて……
それは犬を飼う時の動機の中では、かなり上位に位置します。
本話の飼い主もその一人でした。
しかしその犬はよりにもよって、先住犬ジャックラッセルテリアと最も相性が悪いとされるブルテリアでした。

ミニチュア・ブルテリア|花ちゃん|全2話

3匹の犬、ちょび、ごはん、おかずを、同じ年に亡くしてしまった作者。
やがて作者は、その年生まれの子犬を見つけます。
「生まれ変わりだったら嬉しいな」
それが、花ちゃんとの出会いでした。

 

© 2017 Peachy All rights reserved.