こちら、オタ福診療所(仮)
今回は:摂食困難

こんにちは、オタ福です。
今回は前回の『食欲不振でできること』の続編ということで、『摂食困難』についてです。
今回は動物医療として偏食・拒食に対応する手段です。
前回までの方法では解決しない場合、どうするかということですね?
はい。食べなくて命に関わるのであれば、医療で救うしかありません。
最後の手段が残されているとしたら、飼い主としても安心です。
そうだと思います。しかしながらこれは飽くまで医療行為で、危険も伴います。飼い主さんは後書きも読んでいただき、しっかりと考えてみてくださいね。
栄養療法とはどんなもの?
栄養療法とは何らかの原因(腸管手術後や重度の膵炎・腸炎など)によって、自力で食べるご飯の量が不十分と考えられる時に行われる、強制的に栄養を摂取させる治療法です。
具体的な方法としては経腸栄養があります。
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ご飯を食べないということは栄養面だけでなく、他にも重要な疾患を引き起こします。我々人間も含め、ほとんどの動物は口からご飯を食べ、胃腸で栄養を吸収しています。
仮に絶食によってこのサイクルが乱れてしまうと、消化管の粘膜が小さく萎縮し、消化する力や栄養を吸収する力が弱ってしまいます。さらに、消化管の動きも悪くなり、腸内細菌叢が乱れ、ついには免疫力の低下から全身の細菌感染、多臓器不全によって命を落とす場合もあります。
以上のことから、なるべく消化管から栄養を吸収するように心がけることはとても大切なことなのです。
栄養療法に切り替えるタイミング
では、この栄養療法を始めるタイミングはいつが良いのでしょうか?
残念ながら獣医学領域では「〇〇があったら、始めて下さいね」という厳密なガイドラインというものが設定されていません。
しかし、様々な研究データから推奨されている基準があるので、それをご紹介します。
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『重度の食欲不振や食欲廃絶が3~5日以上持続する、あるいは10%以上の体重減少が認められる場合』に、栄養療法を開始することが推奨されています。
実際に、早期に栄養療法を行う方が体重の戻りが早く、腸バリアの回復や免疫力の改善に繋がったという論文はたくさん見られます。The EEN group showed earlier clinical improvement and significant weight gain. The significantly decreased %L in the EEN versus NPO group might reflect improved gut barrier function, which could limit bacterial or endotoxin translocation. 引用文献:Effect of early enteral nutrition on intestinal permeability, intestinal protein loss, and outcome in dogs with severe parvoviral enteritis.
まずは、飼い主さんの手による強制給餌
食欲不振が見られる動物では、流動食のシリンジやスプーンを使った食事投与が試みられます。いわゆる強制給餌です。
この投与方法のメリットは『取っ掛かりやすい』ということです。上手くいけばよいのですが、食べたくない子や食べられない子に無理やりご飯を与える形になるので、デメリットも大きいです。
下記のデメリットを勘案した上で、次項のチューブによる栄養療法に切り替えるタイミングを探ることになります。
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強制給餌のデメリット
・無理やりなので、余計に嫌になる
・誤嚥のリスクがある
・攻撃的な子だと飼い主さんが怪我する可能性あり
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オタ福も手を噛まれ病院に通った苦い過去がある(笑
やはり積極的な栄養療法を行うにはチューブを用いた栄養療法が推奨されます。
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念のために一言(強制給餌を行う前に、まずは飼い主さんの手から)
この記事は、飼い主さん独自が打てる手を出し尽くした場合を前提に書いています。
強制給餌を考える一歩手間で行うべき工夫は、前回記事にまとめてあります。
例えば、まずは飼い主さんの手からフードをたべさせる方法をとってみてください。
飼い主さんの手からだと、食べられる子もたくさんいます。
強制給餌も、栄養療法もしないですむならそれが一番ですからね。
飼い主さんによる強制給餌の例はこちらに。
経鼻食道チューブによる栄養療法
経鼻食道チューブとは、文字通り鼻から胃に挿入するチューブで、ここから栄養を補給します。
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経鼻食道チューブのメリット
経鼻食道チューブの最大のメリットは設置するのに全身麻酔が不要であることです。
『低侵襲』
『簡単』
『安い』
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経鼻食道チューブのデメリット
経鼻食道チューブのデメリットとしては
『制限が多い』
『液体食しか投与できない』
ということです。
の3点からチューブを用いた栄養療法の手始めとして使用されやすいです。●
経鼻食道チューブの制限とは
設置期間が短い
1~2週間だけの栄養療法にしか向いていません。そして鼻腔内腫瘍や巨大食道症などの鼻、喉、食道に問題がある症例では不向きです。さらに、嘔吐を繰り返すような症例の子ではチューブの位置がズレやすいので、適応外となります。
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液体食しか投与できない
経鼻食道チューブは鼻からチューブを入れるので、必然的に細いチューブが挿入されます。細いチューブだと液体食しか投与できないのがデメリットです。液体食の何が悪いのかというと、水分が多く、十分な栄養を取るためには数時間おきに投与する必要があり、動物と飼い主さんの双方の負担になります。
経皮食道瘻チューブによる栄養療法
経皮食道瘻チューブとは、体壁から食道にチューブを貫通させて流動食を流し込む方法です。
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経皮食道瘻チューブのメリット
経皮食道瘻チューブのメリットはたくさんあります。
・経鼻食道チューブよりも耐久性があり、長期間の設置が可能
・処置の比較的簡単で短時間で終わる
・胃瘻チューブと異なり、内視鏡がなくても実施できる
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経皮食道瘻チューブのデメリット
経皮食道瘻チューブのデメリットはほとんどないのですが、
・全身麻酔が必要であること
・胃瘻チューブと比較して不慮の脱落(チューブが外れること)が多い
・首(頸静脈)からの採血がしにくくなる
▲これは、医療側の都合ですが(笑
経皮胃瘻チューブによる栄養療法
経皮胃瘻チューブとは、胃と体壁を貫通させて設置するものです。
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用語説明:PEG(ペグ)について
経皮胃瘻チューブを使用する場合、獣医師からは「PEG(ペグ)しましょう!」など言われる場合もあります。
経皮胃瘻チューブのことを「PEG(ペグ)」と言う先生もいらっしゃるので、一応その用語としての、PEG(ペグ)についても簡単に解説します。
PEGとは、経皮内視鏡的胃瘻造設術(Percutaneous endoscopic gastrostomy)の略称で、厳密に定義するならば、術式のことを言っていなす。つまり、「PEG(ペグ)にしましょうね」と言われたら、PEG=経皮胃瘻チューブのことなんだと思って頂ければ、混乱を避けられるかもしれません。
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経皮胃瘻チューブのメリット
経皮胃瘻チューブメリットは以下です。
・食道を経由しないので、巨大食道症や食道狭窄などの食道疾患患者にも適応できる・状態が安定すれば、脱落もなく、長期間利用可能
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経皮胃瘻チューブのデメリット
経皮食道瘻チューブのデメリットは以下です。
・全身麻酔が必要・内視鏡が必要
・瘻孔から食塊が漏れ、腹膜炎のリスクがある
・重度の胃疾患や止血異常の患者では不適
経皮腸瘻チューブによる栄養療法
経腸チューブには2つの方法がある
経腸チューブには2種類の方法があります。
1つは空腸を切開して直接チューブを差し込む方法。もう1つは胃瘻チューブ同様、胃にチューブを挿入し、空腸までチューブを差し込む方法です。
後者の方が新しい方法で、腹膜炎が発生するリスクが低いので、以下のメリットデメリットでは、こちらの方法を前提にしたお話をします。
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経腸チューブのメリット
経腸チューブメリットは以下です。
・直接空腸に送るので、胆・肝・膵の疾患や胃・食道の疾患にも適応する・嘔吐や誤嚥のリスクが減る
・外科手術後の栄養療法としても相性がいい
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経腸チューブのデメリット
経腸チューブのデメリットは以下です。
・開腹して、設置する必要がある←侵襲度が高い・胃を通過しないので、半消化態の流動食が必要になる
・通常は院内管理下に置かれるので、通院できない
摂食困難により栄養療法を試みる病気の例です
【巨大食道症】
食道の解剖学、生理学といった正常の仕組みから始まり、どのような症状がみられるかなどをざっと説明してみました。
巨大食道症は先天性疾患や重症筋無力症などが絡んでくる病気です。
【胃がん】
胃がんの種類は犬猫が好発腫瘍が異なります。
胃がんで一番怖いのは胃の通り道を腫瘍が塞いでしまうことです。
今回は発生率は低いものの、できると悪性の挙動をする胃がんについて解説しています。
【急性膵炎】
膵炎は強烈な腹痛を伴います。犬猫ともに多いう疾患です。
最後に
今回は栄養療法について紹介しました。
ご覧の通り、栄養療法は極度の食欲不振の子を対象にした治療行為であり、命の危険を感じた際に強制的に食事を与える方法です。
どうしても食べてくれない。体重がどんどん減って、いつ体調崩してもおかしくない。そういった極度の食欲不振のペットをもつ飼い主さんの最後の手段として、栄養療法は存在しています。
どうか、最後の手段ということを念頭に、ご検討なさってみてください。
獣医側の立場からすると、飼い主さんの努力で解決できるかもしれないトラブルを、危険を伴う全身麻酔をかけてまチューブを入れるのは、できればやりたくないものなのです。
最後の手段は残されていますので、どうかご安心を。
しかし、安易には使わないでくださいね。
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『オタ福の語り部屋』について
『オタ福の語り部屋』では、獣医さんではなかなか聞けない病気の解説をしています。医学資料では理解が難しいことや、資料が見つけにくいことを解説していますのでご参考になさってください。
――こちら、オタ福診療所(仮)つづく――
文:オタ福
▶ 作者の一言
▶ オタ福:犬の記事 ご紹介
▶ オタ福:猫の記事 ご紹介
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――次話――
『ペットの熱中症』
熱中症は命を奪う疾患です。
ハァハァ、嘔吐など、変だと思ったら、体を冷やしてすぐに病院へ!
一見状態が落ち着いても、体内では臓器障害が進むこともあります。
――前話――
『ペットの食欲不振』
軽く扱われがちですが、ペットの健康(時には命)を左右するものです。
状況によって、偏食、食べムラとも表現されます。
飼い主さんの工夫とは違う見地で、動物医療としてまとめた記事です。
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この記事は、下記のまとめ読みでもご覧になれます。
この記事は、下記のまとめ読みでもご覧になれます。
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――連載の1話目です――
『急性膵炎』
膵炎というのは早い話が膵臓(すいぞう)の炎症で、それが急性で発症したということです、激しい痛みを伴いますが、早く対処すれば治る可能性が高い病気です。
しかし対応を誤り、命を失う子もたくさんいます。
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同じ作者の記事です
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