うちの子がうちにくるまで|No.53
犬を飼うきっかけは人それぞれ。偶然の出来事が犬を迎える切っ掛けになることもあります。
今回は、ある日見た夢で突然に「犬を飼いたい」と閃いた飼い主さんのお話です。
その夢を見たのは15年も前のこと。そして夢に導かれてやってきた子犬は、今年の5月に亡くなりました。以下の飼い主さんの言葉が胸を打ちます。そんな思いと共に読んでみてください。
人は死んで三途の川を渡ると言います。
三途の川は霧で「三途の橋」が見えないそうです。
動物を飼ったことがある人は、その動物が迎えに来てくれて、その橋まで案内してその橋を渡らせてくれるそうです。
動物は好きなんだけど、犬や猫を飼うのは心配|はじめてなので、もう一歩が踏み出せない|同じような経験をした方はいますか?
人生2匹目のワンコ
私は今12歳のワンコ、きなこと、5歳の保護犬チョンキー、そして犬狂いの夫と暮らしてます。
実はつい先日までは、我が家には私たち夫婦にとって最初の子『ちんねん』がいました。今日はその、思い出深い『ちんねん』のお話をしたいと思います。
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『ちんねん』は私にとって、人生2匹目のワンコです。最初のワンコは私が10歳の時に迎えた、保健所に連れていかれる寸前のミックス犬でした。
私はその子が可愛そうで仕方なくて、うちで引き取りたいと言ったのですが、親は首を縦に振ってはくれませんでした。元々両親共に動物が好きなのですが、先に死んでしまうのが嫌だと言いました。
私は、どうしても欲しい、とお願いをして、ようやく家で飼うことを許してもらったのです。
その子はムクと名付けました。ムクは私と兄妹のように一緒に成長して、16歳まで生きてくれて、私が25歳の時にこの世を去りました。
それからは、犬のいない生活です。しかし新しい子を迎えようとは思いませんでした。ペットロスだったからという訳ではありません。仕事やプライベートが忙しくて、犬の事を考えるどころではなくなってしまったからです。それに両親も、もう犬は飼いたくないと言っていました。
その後私は結婚をして、家を出ることになるのですが、それからも犬を飼おうなんて全く思いもしませんでした。犬と暮らすという行為自体が、全く意識の中から消えてしまっていました。
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そんな私に変化が訪れたのは、新しいマンションに越してすぐのことでした。
2005年5月のある夜、私は夢を見たのです。
夢の中の私は草むらにいて、犬を散歩させていました。それはムクのような茶色の犬で、首輪には赤いリードがついています。私はその犬を後ろから見ていて、犬のお尻と足が見えていました。
犬は楽しそうに走り、私はその犬を追いかけています。
それは凄く楽しくて、幸せなひと時でした。
目が覚めた私はすぐに、「あ、犬を飼いたい…」と思いました。
それは本当に不意に閃いたことです。マンションはペット可で、そのことは知っていたのですが、だからと言って犬を飼おうなどとは、この時までは露ほども考えたことはありませんでした。
翌日私は夫に言いました。
「ねえ、ホームセンターに犬を見に行こうよ!」
「どうしたの、一体?」
私は昨夜見た夢の話を夫にしました。
夫は少し考えてから「見に行くだけね」と答えました。
――気のない返事……
あんまり犬には興味が無いのかな? 私はそう思いました。
しかし、やがて夫が私よりも犬好きであることが明らかになります。
ホームセンターは家のすぐ近くにありました。
どこにでもあるようなペットコーナー。そこにずらりと並んだショーケースには、沢山の犬や猫がいました。
私は漠然と和犬が良いなと思っていたのですが、眺めてみて驚きました。そこにいる可愛い仔犬たちには、皆、高額な値札がついていたのです。私は子供の頃にもらってきたムクのことしか記憶になかったので、犬を迎えるということが、思った以上にお金がかかるものだということを、その時まで知りませんでした。
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「犬って高いんだなあ……」
そんな風に思っていた私の目に、『セール品』と書かれたPOPの文字が飛び込んできました。
見るとそこにいるチワワの仔犬は、毛がネズミみたいな色をしていて、綺麗な犬が並んでいる中で目立ちません。しかしそのことが逆に私の目を引きました。
しばらくその子を見つめていると、いつの間にか店員さんが忍び寄ってきていて「抱いてみますか」と声をかけてくれました。
「お願いします」と私。
店員さんは裏に回ると、その子を抱えてきて私に差し出しました。
《なんだろうこの小さい生き物、可愛いなぁ》
私の両手に少し余るくらいの温かな命。私は何年も忘れていた犬を抱く感覚を、すぐに思い出しました。その子は全然人見知りをすることなく、はじめから私の指にじゃれて噛み付いてきました。やんちゃ坊主な感じです。
次は夫の番です。
仔犬を渡すと夫は何とも言えない表情を見せました。元々夫は喜怒哀楽が薄いタイプなのですが、仔犬を抱く目が本当に愛おしそうなのです。
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どれくらいそうしていたでしょうか――
あまりにも長く抱いていていたので、私は気を使ってしまい、「店員さんに返して」と夫に声をかけました。すると驚いたことが起きました――
夫は何と犬を返そうとせず、「嫌だ、こいつを飼う」と答えたのです。夫はその子を抱っこしたら瞬間から、もう手放せなくなってしまったのです。
私の提案で犬を見に行ったのに――
和犬が良いなという私の希望もどこへやら。他のワンコにも触らせてもらうこともなく、夫の気持ちはすっかりその子に奪われてしまった様子です。それは夫が、私以上に犬好きであるということと、とりわけチワワが好きだということが発覚した瞬間でした。実は夫も、実家では犬を飼ったことがあったのです。しかも土佐犬、秋田犬、マルチーズ、そしてチワワを多頭飼いしていたのだとか。
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「この子にするの? お金持ってきてないよ」
と私は言いました。
「お前のクレジットカードを使えばいい」
事も無げに、夫が答えました。こんな風に、私たちはその子を迎えることになったのでした。
飼うと決めたら、気が早いことに夫はもうその場で名前も決めてしまいました。
その名前こそが『ちんねん』です。私は命名の理由をきちんと訊ねたことはありませんが、多分一休さんに出てくる『ちんねん』さんから、もらっているのだと思います。
ちょっとおとぼけたなキャラクターが、その子犬にピッタリでした。
ちんねんの引き渡しは1週間後です。
「楽しみだね」
「もっと早くに引渡し出来ないのか?」
お互いがそれぞれ犬を飼ったことがあったので、不安は全くありません。しかし夫婦にとっては初めてのワンコ。だから飼育のためのあれこれは、全部新しく揃えました。
家に迎えてからの準備も万端です。夫婦の寝室は夫がベットを使い、私は隣の和室にケージと布団を用意して見守れるように――
私たちはカレンダーに赤丸をして、ワクワクしながらその日を待ちました。
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そして遂にその日――
当日は私だけ仕事が休みだったので、1人で車で迎えに行きました。
お店に行くと、ちんねんの首には首輪代わりのリボンが結ばれていて、可愛いダンボール箱に入れられて、私に手渡されました。
帰り道、私は箱の中を覗き込みたくて仕方がありませんが、開けてしまって万が一にも飛び出したら怖いのでぐっと我慢。そのまま箱は開けずに、一目散に帰宅です。
家に着くとちんねんは、まずは用意してあったサークルの中へ。
「出して出して」と大きい目で、あちこちちょこちょこ歩き回る姿は、やんちゃ坊主の予感しかありませんでした。
初日の夜も「出して出して」の夜泣きコールは止みません。即、根負けして出してしまったら、すぐに私にぴたっとくっ付いてすやすや寝てしまいました。
思ったとおりのやんちゃ坊主。そして甘えん坊です。
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それからのちんねんは、よく食べてよく遊んでよく寝てくれて、イタズラしては逆ギレするワンコに成長しました。夫は帰宅すると膝にピョンと飛び乗る、お迎えスタイルのちんねんが、可愛くて仕方なかったそうです。
しかし時は流れていきます。仔犬だったちんねんも老犬と呼ばれる年齢になり、ネズミ色だった毛も、いつの間にか綺麗なクリーム色になっていました。
そして――
私たちの宝物だったちんねんは、15年一緒に生きてくれて、今年2020年の5月17日に、15歳と2ヶ月と4日で旅立っていきました。
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――ちんねんを迎えて良かったかって?
もちろん「良かった」しかありません。ちんねんが来てくれたお陰で、私は自分が犬好きだということを自覚することができました。今は長年務めていた仕事を退職し、犬の仕事に就くために学校に通っています。
ちんねんは、私の人生を変えた犬なんです。
――ちんねんへ――
ちんねんは最初から最期まで、そして今も可愛くて、永遠に大好き。
いつかムクと共に、三途の橋で会いましょう。
――ママより――
――ちんねんがうちに来るまで|おしまい――
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――うちの子がうちにくるまで・次話――
それは友人と出かけた、ペットショップ&カフェでの出来事でした。
世の中はチワワブーム。驚くほど高額なチワワもいるその店には、売れ残った貧相な姿の子がいました。
私の手をよじ登って来るその子。
私は夫にメールしました。
「もう1頭飼いたい」
――うちの子がうちにくるまで・前話――
ラインがうちにくるまで
子供の頃から、動物が大好きでした。
でも、犬や猫を飼うまでには至らずで……
ある日、家族でスーパーにいった時でした。
人だかりの先で、仔犬がチョロチョロと歩き回っていました。
そして何と脇の段ボール箱には『犬あげます!』の文字が――
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――うちの子がうちにくるまで、第1話です――
昔からいつかはワンを飼いたいと、ずっと夢見ていたんです。
でも、夢と現実の差はでっかいですよね。結局はずっと、実現できずじまい。
――そんな夢を叶えた飼い主さんのお話。
犬との出会いは運命に似ています。
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