うちの子がうちにくるまで|No.62
愛犬を迎えたのは17年も前のこと――
そう語る飼い主さん。
一人っ子でどうしても犬を迎えたかった息子さんと、犬を飼うことに慎重だったご主人。
ある日家族は、ペットショップに出かけました。そしてその帰り道――
「僕も兄弟が欲しい! 僕に兄弟をください! 」
ポロポロと泣きながら訴える息子さんの意を汲んで、家族は1匹の柴の子犬を迎えます。
そこからやさしいりゅうと、家族の思い出が紡がれていくのでした。
動物は好きなんだけど、犬や猫を飼うのは心配|はじめてなので、もう一歩が踏み出せない|同じような経験をした方はいますか?
犬を飼いたい!
2020年3月10日、我が家の愛犬『りゅう』が亡くなりました。『りゅう』は家族にとってはじめての犬で、最期まで病気と闘ったとても強い子でした。今回は、そのりゅうがうちに来たときのお話をしたいと思います。
それは今から17年半前のある日のこと――
当時小学5年生だった息子が、『犬を飼いたい』と言い出しました。当時、息子の友達の間では犬を飼うのが流行っていて、みんなそれぞれ、ミニチュアダックスやパグ、ゴールデンレトリバー等を飼い始めていて、それに感化した息子が犬をねだるようになっていたのです。
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私は実家で猫を飼っていたことがあったので、息子の気持ちは分からないではありません。しかし主人は過去に動物と暮らしたことがありません。そのせいもあったのでしょう。あまりいい顔をしませんでした。
しかし息子の『犬を飼いたい』はそれからも続き、とうとう私たちは息子の熱意にほだされて、とりあえずペットショップを見学してみようかということになりました。
『そんなに見たいというのなら…見るだけならいいよ』
と乗り気でない主人も一緒です。
軽い気持ちで家を出たのは、2003年8月お盆のことでした。
向かったのは『ワンワン牧場』という、ブリーディングとペットショップを一つにしたようなお店です。
息子にねだられて以来、私はぼんやりと『もしも飼うとしたら柴犬がいいなぁ』と思っていました。柴犬が一番犬らしくて、可愛いという気持ちからです。そして『犬なら柴犬、そして男の子』と勝手に思い込んでいた私は、お店に到着するなり店員さんに「柴の男の子の子犬を見せてもらいたいのですが」と声を掛けました。
息子も主人も反対はしませんでした。
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店員さんは「明日からガラスケースに入れる予定の柴の男の子がいます」と仰いました。「今、母犬のおっぱいをのんでいるところなので連れてきますね」とのこと。
そして一旦その場を離れると、一匹の子犬を抱いて戻ってきました。
「今は、柴の男の子はこの子だけなんですよ」
そう話す店員さんの手の中には、大人しくちょこんと抱かれている柴の子犬がいました。そのお店では色んな犬種の子たちを、広い飼育舎の中で自由に遊ばせています。柴の男の子はその子だけとのことでしたが、もしかするとそこには子犬の姉妹犬もいたのかもしれません。
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店員さんは息子に「抱いてみますか?」と声をかけてくれました。
息子は喜んで、すぐに両手を差し出しました。
さっきまで母犬のおっぱいを飲んでいたその子は、満足気な表情で、ぽんぽこぽんの丸いお腹をして、ちんまりと息子の腕の中におさまっていました。そして小さなあくびを一つして、ぼんやりとした目で、私と主人を見つめてきました。
怖がることもなく、驚いた様子もなく、本当に眠たそうなその仕草――
大人しくて優しくて、構ってあげたくなるような――
そんなどこか放っておけない頼りなさげな感じが、一瞬で息子の心を鷲掴みにしたように思えました。
息子はその子が欲しくて欲しくて仕方ない様子でした。
しかし、主人はシビアに「帰るぞ❗️」と息子を促しました。
しょうがなく息子は子犬を店員さんに返すと、しょげて車に乗り込みました。
家に帰る車の中で、主人は強い口調で息子にこう言いました。
「犬を飼うということは、最期まで面倒を見るという覚悟がいることだ。お前にそれが出来るのか?一時の感情で飼うものではない!!」
その言葉に息子はポロポロと泣きながら、私たちに訴えてきました。
「あの子がいいの!あの子が欲しいの!! みんなには兄弟がいるのに、僕の家だけいつまでも3人! 僕も兄弟が欲しい! 僕に兄弟をください! 」
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息子は3歳くらいの頃から、私たちによくこんなことを聞いてきていました。
『僕んちには弟や妹がいつくるの?◯◯ちゃんちは4(家族の人数)になったよ。◯◯ちゃんちは、5なんだって。僕んちはずっと3のままなの?4にはならないの?』
しかし私は、残念ながら2人目を授かることは出来ず、息子に弟や妹を持つ夢を叶えてあげられませんでした。私にはそのことが、ずっと心に引っかかっていました。
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私の胸には、子犬を欲しがって泣く息子の言葉が刺さりました。
それまで一度も駄々をこねたこともなかった息子が――
初めて涙をポロポロと流しながら、子犬を欲しがったのですから――
『息子のこれからの為にも、あの子犬が必要なんだ』
そう直感した私は主人に言いました。
「今までおねだりも駄々もこねることもなかった子が、泣いてここまで言うのだから飼ってあげようよ! 私も最期までお世話するから!」と――
意を決した私の援護射撃もあってか、最後まで渋っていた主人もやっと折れてくれて、私たちはそのまま元来た道を引き返しました。
こうして『ワンワン牧場』に舞い戻った私たち――
私から店員さんに「先ほどの柴犬の子犬を我が家で迎えたい」と伝えました。
私たちは子犬の準備が整うまでの間に、その子を迎えるために必要なケージ、フード、ミルク等々を次々を買い物かごへ――。
初めて迎える子犬だから、何から何まで新品です。
そして買い物を済ませた私たちは、ブドウの箱に入れられた子犬を引き取って、車へと乗り込んだのでした。
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家への帰路、息子は子犬と暮らせることが嬉しくて仕方ないようで、満面の笑みでブドウの箱の中を覗いては、子犬を撫でていました。
「この子の名前を決めないと」
家までの車中、それぞれが子犬の名前の候補を出し合いました。
「風(ふう)」「とら」などの名前が出た後、「りゅうは?」と私が提案した名前にすかさず息子が反応し、「りゅうがいい‼︎」と言ってくれました。主人も「りゅうだな」と賛成してくれます。
――こうして子犬の名前が決定。
漢字ではなく、ひらがなの『りゅう』
心が強くなりそうな雰囲気と優しい響き、そしてひらがなで表すフワッとして柔らかい名前が、その子犬にぴったりな気がしました。
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りゅうと名付けたその子犬とともに自宅に到着。
家の中に入り、どんな反応するだろうとドキドキしながら、ブドウの箱からりゅうを出しました。するとりゅうは、少しも不安そうな顔をすることなく、「ここはどこ?」とでも言いたげな不思議そうな表情で部屋をトコトコと歩き回りました。
座布団の端っこを引っ張ってみたり、あちこちを見て回ったり。極め付けに、和室の畳の上で、ジャーッとおしっこ。それからは、子犬特有の寝たり起きたり、遊んだりの繰り返しで、とってもやんちゃな姿を披露してくれました。
その日の晩、寝る時間になってりゅうをケージに入れたのですが、直後は『キュンキュン』と鳴いていたものの、すぐに諦めてコトンと寝てしまいました。きっと新しいことづくめで、疲れていたでしょう。
夜にりゅうが鳴いたのは、この日と翌日の夜だけです。
りゅうは寝る時間になると、自分からケージの中に行ってコトンと寝て、朝までぐっすり眠るとても育てやすい子でした。
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そんなマイペースなりゅうでしたが、トイレトレーニングは本当に大変で、私たち家族は随分と泣かされました。今ならきっと、柵を使ったりしておしっこをする場所を決めて、上手にトレーニングできそうな気がしますが、あの頃はりゅうが行きたいところに好きに行かせていたために、あちこちでおしっこをされてしまいました。
初めて子犬を迎えたので、知らないことばかりで、りゅうの好き放題にさせ過ぎてしまったなぁと今更ながら反省しています。
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りゅうは、スリッパで歩く私や息子の脚に飛びついて噛みついたり、引っ掻いたりと日に日にやんちゃ坊主ぶりを発揮しました。1度、息子が「りゅうが噛むから怖いよ」とソファーの上に乗っておりてこないことがありました。
その頃、りゅうは歯の生え変わり時期で、歯茎が痒かったせいもあったのだと思いますが、噛んでくる行為を息子が怖がって近づかなくなってしまい、ほとほと困ってしまいました。
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息子が嫌がる程、りゅうがやんちゃを発揮し始めた頃、主人はりゅうのガウガウ遊びによく付き合ってあげていました。バスタオルを咥えて引っ張るりゅうの相手をしてあげたり、とにかく元気なりゅうのお散歩を楽しそうにし始めたのです。
犬は群れの中で、序列をつけると言われていますが、りゅうは主人が一番偉いと認めていたのだと思います。大人の男性の大きくて低い声を聞いて、怖い人だと思っていたのかもしれません。そして主人は色んなことが理解出来るようになってきたりゅうが、可愛くて仕方がないと言う様子でした。
最初は犬を飼うことに反対していた主人でしたが、段々とりゅうを、大事な家族の一員だと感じるようになっていったのかもしれません。
りゅうのエピソードで忘れられないものがあります。
これは息子から聞いたのですが、息子が高校時代にインフルエンザで寝込んでいた時のこと。私も主人もインフルエンザにうつらないようにと、息子とは距離を取り、息子の部屋にはなるべく入らないようにしていました。しかし、りゅうは息子が心配だったのでしょう。普段は絶対に入ることのない息子の部屋に行ったそうです。
『あの時、りゅうが枕元で一緒に寝てくれたのを覚えてる。りゅうは優しい子やなぁと強く感じたよ』と教えてくれました。
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犬は人間のインフルエンザには罹らないそうです。その特性を活かしたナイスな寄り添いは、私がインフルエンザにかかった時にも現れました。りゅうは、その時私の枕元で寝てくれたのです。
普段は抱かれることも、添い寝することも好きではないりゅう。撫でて欲しい時には頭を擦り付けてきて、こちらが撫でてあげると「もういいよ!」と言わんばかりに、さっと廊下や自分のお気に入りの場所に行ってしまい「もう触らないでよ」という雰囲気で1匹狼を楽しんでいる子。それなのにりゅうは――
もしかしたらりゅうは家族が病気になって弱ったときに、「ぼくがいつもそばに居てあげるからね」と伝えたかったのかもしれません。
私たち家族は、りゅうが寄り添ってくれた優しさが本当に嬉しくて、とても愛おしく、可愛らしく感じたものです。
こんな可愛いりゅうなのですが、冒頭に書いたように、もうお空組です。
りゅうが病気と懸命に闘ったことや、お別れの時まで続いた家族との絆のお話は、りゅうを語る上ではどうしても外せないものだと思っています。でも今回は敢えて、りゅうが我が家に来てくれた喜びまでで、一旦筆を置こうと思います。
この先のことはまた改めて――
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そうそう、これは後に大人になった息子から聞いたことですが、りゅうを迎えるときに息子が『どうしても兄弟が欲しい』と言って泣いた理由は、ちょこんとした小さなりゅうを見て、『頼りなげなこの子はうちで飼ってあげないといけない!』と感じたからなのだそうです。
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――りゅうがうちにくるまで|おしまい――
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――うちの子がうちにくるまで・次話――
マロンがうちにくるまで
犬の平均寿命は15年ほど。
自分の歳を考えたら、次の子を迎えるのは無理だな。
――そんな風に思っていました。
しかし段々と心境に変化が――
もしかしたらいけるかも。
そう思えるようになって――
「もう1人迎えるよ!」
私は家族を洗脳しはじめました。
――うちの子がうちにくるまで・前話――
わさびがうちにくるまで
ペットショップで偶然見かけた子犬――
その子はショーウィンドウの中で、他の犬たちからいじめられ、『キャイン!』と鳴いていました。
わたしはその子犬が、気になってしかたがありませんでした。
そしてその子を迎えようと、家族を説得し始めました。
――うちの子がうちにくるまで、第1話です――
あんこがうちにくるまで
昔からいつかはワンを飼いたいと、ずっと夢見ていたんです。
でも、夢と現実の差はでっかいですよね。結局はずっと、実現できずじまい。
――そんな夢を叶えた飼い主さんのお話。
犬との出会いは運命に似ています。
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