犬を飼うということ

いつまでも君と……

別れの予感、別れの準備 ~うちの子が旅立つまでのこと・前文(その1)~

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撮影&文:高栖匡躬

皆さんは愛犬を看取った事は、ありますか?
筆者は2年前に愛犬のピーチーを看取りました。

看取る前は、看取りとはどんなものか、想像もできませんでした。
しかし今は良く分かります。
あれは、別れとは少し違うもののような気がします。
何とも表現のしようがないのですが、看取りからまた、新しい何かが始まりそうな予感とでもいうのでしょうか?

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これは皆さんが共通の思いでしょうか?
それとも筆者だけの思いでしょうか?

これから、筆者が愛犬のピーチーを看取った時の、経験を書こうと思います。今日と明日は、その前文です。

 

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飼い主と愛犬の別れの形は、各家庭ごとに様々であるはずです。絆が強ければ強いほど、その別れは辛いものになることでしょう。
突然の事故や、急病による急逝でない限り、ほとんどの場合がその前に闘病の期間があり、段々と弱っていく愛犬の姿を飼い主が目の当たりにします。
そして、傷心の飼い主に追い打ちをかけるように、もう間近に迫った別れの予感が襲ってきます。

 ●

多くの人たちは、最初のうちはそれを打ち消すことでしょう。
しかし段々と愛犬の死が避けられないものであることを、素肌の感覚として感じ取るようになると、飼い主はやがて来る ”その時” のために、覚悟を決めはじめます。

この苦渋の覚悟は、経験した方でなければ、なかなか実感ができないかもしれません。

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筆者の経験に照らして言うならば、看取りの時を受け入れる覚悟は、決して悪いものではありませんでした。
覚悟さえ決めてしまえば、むしろ良い看取りをすることが大きな目的になり、むしろ気持ちの支えにさえなりました。

 

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ピーチーが生きたのは、14年と7か月と3日。
その時間をずっと一緒に過ごしてくれた愛犬に、一番相応しい最期の時とは何かを真剣に考えるようになると、見送る時の心構えが次々に決まっていきました。

まずは、残された時間を看病とは考えず、普通に接して、楽しく過ごそうと思いました。そして愛犬の前では常に笑顔でいようという決め、見送る瞬間にも決して泣くまいと誓いました。

それは言いかえれば、我が家なりの見送りの方法を探すことでもありました。

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念のために申すと、筆者がここで書こうとしているのは、沢山の犬たちの見送りの瞬間の、たった一つの例にすぎません。
見送りには、唯一無二の最高の方法というものは存在しないはずです。しかしながら、我が家なりの送り方というものは、必ずあるように思います。

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この連載は、”我が家なりの別れの仕方”を模索した、ひとつの家族の記録です。筆者にとって良かったことが、どの家庭でも良いこととは思っていません。
しかし本作を読まれた方が、『我が家なりの方法』を考え始めるきっかけくらいには、なるのではないかと思っています。

いつかやってくるその日は、今の延長にあります。
どうか良い答えが見つかりますように。

 

――うちの子が旅立つまでのこと・前文1・つづく――

(ライター)高栖匡躬

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