ラフと歩いた日々(2/3) - ありがとう、そしてさよなら
弱っていく愛犬ラフ
腎不全のラフの食事は、腎臓サポート食の缶詰とドライフードが半々だったのだが、やがて缶詰だけを残すようになった。明らかに食欲が落ちていた。
7月7日、七夕の暑い日。
ラフはやはり缶詰は食べずに、ドライフードのみを完食。
しかしその日はなぜだか、空になったボールを見つめていて、その後に私の方に視線を送ってきた。
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「もっと食べる?」
と聞くと、尻尾を振ってウロウロ。
「どうかな?」
とは思ったが、ダメ元で200グラム追加してみる――
ラフはそれを、ペロリと平らげた。
「おおっ、すごいね、偉いねぇ」
ラフは、まだ欲しそうな顔。
「さすがにもう食べないでしょ」
そう言いながら、更に150グラムをボールに入れてやったのだが、驚いたことになんなくそれも完食。
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「どうしたの、ラフ。今日はすごいじゃない」
私はすなおに喜んだ。病気の犬を抱えたことがある人には、分かるだろう。愛犬の食欲は、その子の生きる意欲の証。言い換えれば残りの命を示すものでもある。
「食欲があるうちは、まだ大丈夫」
飼い主はそうやって一日一日、自分を励ましながら、確実に衰えていく愛犬と対峙しているのだ。
しかし、不意の食欲回復を喜んだのも束の間だった。次の日から、ラフはご飯を全く食べなくなった。
腎臓サポート食を食べたのは、七夕の日が最後になった。
やがて自力で立つことも、歩くことも……
いつものサポート食を食べなくなったラフは、肉などの好物をあげても食べる量は少なかった。そこで、栄養価の高いad缶をなんとか食べさせながら、おやつも色々な種類のものを与えてみた。
腎不全とわかってからは、ほとんどおやつをあげていなかったので、最初のうちラフは、何でも美味しそうに食べてくれた。しかし、それもすぐに受け付けなくなっていった。
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その頃は、まだかろうじて歩けてはいたけれど、常に歩行サポートベルトをしていないと厳しい状態になっていた。
7月16日土曜、その日は3連休の初日。
ついにラフは尿が出なくなった。
私はすぐにラフを病院に連れて行って、利尿剤の注射を打ってもらった。
「これで尿が出れば、しばらくは何とかなるとは思いますが、出ないと厳しいね……」
それが、主治医の言葉だった。
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帰宅して数時間後、サポートベルトで支えながら、ゆっくり外に連れ出してみたが、ほんの少ししか尿は出なかった。
そしてこの日の夜から、ラフは自立で立つ事も歩く事も出来なくなった。
寝たきりになったラフに、何度か圧迫排尿をしてみたが尿は出ない。主治医の言葉が頭をよぎった。
はじめてのカツ丼。はじめてのご馳走
7月17日日曜は、連休の中日。
この日から家族3人、なるべくラフの側に居ようと、食事もラフの部屋でとるようになった。
お蕎麦やさんから出前を取って、ラフを囲んでの昼食。
長男が、カツ丼のカツの衣を少し剥いて「ほら、食べてみるか?」とラフの口元に持っていった。すると、それまで水以外を受け付けなかったラフが、クンクンと匂いを嗅いでパクリと肉を口に入れた。
ラフはその瞬間、「えっ!」っと目を見開き、驚いたような顔。そしてラフはそのまま肉を味わい、飲み込んだ。
ラフの仕草に、家族3人で爆笑。
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「美味しいだろう、これがカツ丼のカツだよ」
よほど美味しかったのか、ラフはそれを飲み込んだ後も、ペロペロと口を動かしていた。
「こんなに味の濃い、美味しいものなんて食べた事がなかったもんね」
私たちは、ほんの少し残っていたカツを、もう一度あげてみた。
しかしラフは、もう口にはしなかった。
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その晩、ラフを布団ごと長男の部屋に移動して、ラフの隣に長男が、長男のベッドに私が寝た。そして数時間毎に寝返りさせて、シリンジでお水を飲ませた。
尿が出ないせいか、ラフの息遣いは苦しそうで、それでも常に私や長男が居るのを確認していた。
――ラフと歩いた日々(2/3) つづく――
文:樫村 慧
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――次話――
闘病を続けるラフを、突如痙攣が襲う。
「うん、うん、ごめんね、苦しいよね、ごめん」
涙が止まらない。
命って何だろう? 飼い主って何だろう?
一緒に生きるって、どういうことなんだろう?
そんなことを考えたくなる話。
その時、家族の選択は?
――前話――
本作はゴールデンレトリバーの愛犬ラフを描いたエッセイで、『ラフと歩いた日々』の続編です。
来月の18日で愛犬ラフが亡くなって2年。いなくなってからも、ラフの最後の時間を残しておこうと思いながら3ヶ月間書けませんでした。ラフとのかけがえのない日々は今もずっと私の事を守ってくれています。
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この記事は、下記のまとめ読みでもご覧いただけます
セルフコメンタリーバージョンです。
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ラフと歩く日々
ホームセンターで売れ残っていた、雄のゴールデン・レトリーバー。
このお話は、ラフと名付けられたその子と、それを飼う事になった一家の絆を描いた実話です。
愛犬との思い出は、愛犬だけとのつながりでは無くて、家族や友人の思い出ともつながっている。愛犬との良い思い出は、家族との良い思い出でもある。
そんなことを感じるお話です。
樫村慧|他の作品
三峯神社は関東一のパワースポット。
狼が守護神の犬神信仰。狐憑きを、払ってくれるそうだ。
云われを聞くと、愛犬を連れて行きたくなる。
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それは時に、弱いものを守るためであったりします。
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終末期を考える - 終末期を楽しむという選択
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だから、どうか楽しんで欲しいと思うのです。
今を――