犬を飼うということ

いつまでも君と……

りくはうちに来て幸せだったかな? ~私たち家族は、最高に幸せだったよ~

f:id:masami_takasu:20181121124637j:plain撮影&文:りくのお姉ちゃん

18年前のこと――
私にとって、りくは初めての犬で、私たち家族は何も知識がない飼い主だった。

飼いやすいと言われたのは、パピヨンのメス。
でも、探していたのに全然メスが見つからなくて、たまたま抱っこしたオスに決めちゃった。それが、りく――

900グラムの手乗りパピヨンは、抱っこされて大人しく私の白いセーターの裾をハムハムと噛んでいた。

でも、りく――
実はそっちの方が1枚上手だったよね。大人しいフリがとっても上手だったよ。

翌日ドーナッツの箱みたいのに入って、りくはやってきた。
りくは両親から私への、クリスマスプレゼントだったんだ。
だから名前はクリスマスの頭文字2つを逆さまにして、“りく”にした。

 

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りくはうちに来て幸せだったかな。

家についてみたら、りくは本領を発揮した。
抱っこは嫌いで、散歩中は人にも犬にも吠えてしまう。叱っても叱っても治らなかった。ボールでガシガシ遊ぶ一方、たくさん吠えて、たくさん噛んだ。
流血騒ぎなんか日常茶飯事。

どんなしつけ本も、しつけの道具も役にたたなかった。
最後は訓練士さんもお願いした。それでちょっとは大人しくなったけど、結局こう言われてしまった。
「この子はこれ以上は、難しいかもしれないです」

そこで私たち家族は覚悟を決めた。
もうこのままでいい。噛みついたり、吠えたりする姿で育てていこうと。

でも本当は、無知な飼い主が上手に扱えなかっただけで、りくには苦労をさせたかもしれないね。

 

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りくはうちに来て幸せだったかな。

まだ半年位のりくが散歩中に吠えていると、通りがかりの人にこう言われた。
「夕方〇〇公園に行って他の犬と一緒に遊ばせるといいよ」
私はそれまで、りくが吠えるのをやめさせることだけ考えて、他の犬との交流なんて思いつきもしなかった。

りくが吠えていたのは、遊びたかったんだ。

その一言で、我が家の犬ライフは大きく変わった。
公園では沢山の先輩犬達と、ベテラン飼い主さん達に会った。
そしてりくには、沢山の友達ができた。
りくがいくら吠えても、先輩犬達はリクが慣れるまで動じずで、ベテラン飼い主さん達はとても可愛がってくれた。

春夏秋冬、何年も何年も、毎日皆と遊んでた。

ご飯とボールと散歩が、りくのすべてだった。
ロングリードでボール遊びをすれば、1時間でも2時間でも走った。
ジョギングに付き合わせれば1時間ずっと並走してた。
河川敷で何時間も追いかけっこをした。

 

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りくはうちに来て幸せだったかな。

そのうち私は大人になっていき、公園に行く事もなくなってしまった。
忙しさにかまけて徐々に散歩の距離が短くなっていって、母親に任せてしまう日ばかりになった。

りくが10歳の時、私は留学で1年間日本を離れた。
「私がいない間にいなくなっちゃだめだよ。」
そう言って出て行った。
海外からスカイプの画面を通して見るりくは、毎回走り回って、時折私の声だけがするのを不思議がって玄関まで見に行っていた。

りくは私との約束を守ってくれた。
帰国時はものすごい喜びようで、前とあんまり変わっていなかった。

 

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りくはうちに来て幸せだったかな。

りくが12歳のとき、私は一人暮らしを始めた。
私が飼いたいといった犬なのに、実家に置いて行っちゃった。

その頃のりくは、12歳でも全く病気なんてなくて、飛んだり跳ねたりしてたから、私は犬の寿命とかすっかり忘れていた。

 

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りくはうちに来て幸せだったかな。

15歳の誕生日も、気が付いたら過ぎていた位に、りくには何の問題もなかった。
私は毎年そうやって、当たり前の月日が過ぎていくんだと思っていた。

でも――

15歳と6か月の時、りくは突然食べなくなった。原因はわからない。
ご飯の前でよだれを垂らすのだけど、食べなかった。

りくはそれまで、食べる事が一番だったから、家族はとても心配した。
食べないから痩せるし、元気もない。嫌いな抱っこも大人しくさせるくらいに。

りくは病院へ2週間通って、点滴をしてもらってた。
その時初めて、私は犬の寿命は人よりとてもとても短いんだって事を実感した。
頭ではわかってても、心ではわかってなかった。

実家に行って「無理はしなくてもいいから、できる限り一緒にいようね」って話して一緒に写真を撮った。
帰宅後一人になった夜、今日死んじゃったらどうしようかと泣いた。
どうしようもないのに、こんなときどうしようかと思うんだ、人間って。

帰宅後にいつも送られてきてた写真――
玄関で私がもう一度戻ってくるのを、伏せて待ってるりくの後ろ姿が浮かんだ。

 

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私は実家に帰った。
あと1年もないかもしれないと感じたから――

それが世間的に、正しい判断だったのかわからないけれど、
私が飼いたいと言った犬なのだから、最期の面倒を見ようと思った。

でもね、今思えば、私の犬だとか飼い主の義務だとか、色んな理由を付けてたけど、単純に残りの日々を、少しでも長くりくの側にいたかっただけなんだと思う。

 

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りくはうちに来て幸せだったかな。

それからりくは、元気になっていったのだけれど、一方では出来ない事も確実に増えていった。階段が登れなくなって、散歩が短くなって、ボールで遊ばなくなって、寝てることが多くなった。

でも――、だから――
私は一緒に暮らしていて良かった。
りくが一つ一つ出来なくなっていく姿を見られたから、りくが老いていく事を受け入れられた。

りくは大人しく撫でられるようになっていった。

歳をとる事は出来ない事も増えるけど、その分生活が変わって、穏やかな時間が訪れて、新しい嬉しい事や可愛い事も降ってくるんだ。

17歳になる年に、りくは長寿表彰をもらった。
りくが生きた証が出来た気がした。

18歳まで日々を記録しようと始めたTwitter――
その日は来なかったけど、今はりくが生きた証のようで嬉しいよ。

 

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りくはうちに来て幸せだったかな。

りくは亡くなる1週間前まで元気だった。
家の中を気ままに歩いて、ご飯も自分で立って食べてた。

りくが歩けなくなった夜は涙が出てきたけど、まだ頑張ってる姿を前に、笑っていようと決めた。

だってりくは――
みんなの笑顔がみたいよね?
自分をのぞく顔が、泣き顔じゃ嫌だよね?

最後の1週間も、私は楽しかった。
夜中にちょっと鳴いても、ここにいるよって言ったら寝てくれた。
お水をあげるスポイト間違って鼻にいれちゃって、謝りながら大爆笑しちゃった。

亡くなる前日の夜には立ち上がりたいのか、足を動かしていた。
大好きだった石焼き芋をほんの少し舐めて、久々に目に力が戻った。

 

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亡くなる当日の朝は台所にいる家族を見ながら、ずっとおしゃべりしてた。
立ちたいのかな? 食べたいのかな?
「わかんないよ、言ってみなっ!」
そういって、家族で笑いながら話しかけてた。

だからあの日――
今日一日は、大丈夫だと思ってた。

私が出かけた後――
母親が、擦ったりんごをあげようと抱き上げて口につけた時、りくは大きく息を吐いて、さよならを言って旅だった。

りくは老犬になってからの粗相は、お母さんの前でしかしなかった。
他の家族には最期まで、かっこいい所みせたかったんだね。
でもお母さんには、甘えて弱い所見せたんだよね。

 

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りくはうちに来て幸せだったかな。

後悔なんていっぱいある。
もっと早くからカートに慣れさせておいて、老犬になってからも公園に行けば良かったかな。車椅子を作ってあげればもっと歩けたかな。

抱っこで2階に連れて行って、りくが行けなくなってからどう変わったのか見せれば良かったかな。

Twitterをもっと早くに始めて、色んな情報を貰ってたら、老犬にとって良い食事をあげられてたかな。

遊べなくなっていたけれど、新しいおもちゃを買ってあげていたら――
小さな刺激でも、もっとあげておけば――

――もしかしたら、あと10日位は生きられて、18歳のお誕生日は一緒に迎えられたかな?

でもそう思うと同時に、あの有名な言葉も耳の奥にこだまする。
『死ぬ時くらい好きにさせてよ』

りくの犬生は、りくのものだもの。
生きたいだけ生きて、いなくなりたい時にいなくなったらいいよ。
独立独歩の犬だから。りくの好きにしていいよって言ってたから。

 

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りくはうちに来て幸せだったかな。

奇跡は2つ起こったと思ってる。
1つめ――
家でりくが亡くなった時、私は通勤電車の中で、りくへの誕生日カードを老犬アルバムさんへお願いしてた。
お祝いと感謝の言葉を一生懸命考えて、「楽しみにしています」とお願いした。
――それが7:40――

すぐに「りくが亡くなりました」って連絡が来た。
――それも7:40――

私はりくが生きてる間に、感謝を伝えられた。

 

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2つ目の奇跡は、りくを火葬するときだ。

私はりくが心配しないように、笑顔で見送るって決めていた。
火葬してる時の空にピースしてたら、犬の横顔が空に映ったんだ。

――さよならの雲

りくの骨は凄く太くて、白かった。
最期は腎機能が低下してたけど、病気は一度もしなかった。

 

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りくはうちに来て幸せだったかな。

ここまで書いてきたけど、実は書く前からわかってた。
りくは幸せだったよね。

だってりくは、家族に駆け寄ってきたもの。
皆の帰りをまってたもの。
皆に笑ったもの。

あのね、りく――

世話が大変とか言ってたけど、本当は全然大変じゃなかった。
食べなよ!って文句言ってたけど、そんな団欒も楽しかった。
散歩が面倒とか言ってたけど、本当は凄く楽しかった。
足元邪魔って言ってたけど、本当はずっとそばにいて欲しかったよ。
わかっててね。

 

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りくはうちに来て幸せだったかな。

あの夏の抜けるような空も、何気ない道草の緑も、澄み切った夜の月の輝きも、りくが教えてくれたもの。
りくの話をするとき、いまだに皆に笑顔があふれるんだ。

そうだ、りく! 
りくと始めたジョギング、もうフルマラソンが走れる位になったんだよ。

りくはうちに来て幸せだったかな。
りくの気持ちはわからない。

ただね――、りく――
私たち家族は、りくがうちに来てくれて最高に幸せだったよ。

 

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――りくはうちに来て幸せだったかな――

作:りくのお姉ちゃん
 

週刊Withdog&Withcat
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。

――うちにきて幸せ?――

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