警察犬の学校に行くということ
はじめに - 昔々
今を去ること18年前、筆者の愛犬ピーチーは警察犬の学校に入りました。
入るというのは、まさしく読んで字のごとく、通いではなくて、その学校に寄宿舎のように一定期間入ってトレーニングを受けるのです。
何故そこまでしたかと言うと、やむにやまれぬ事情がありました。
今日から4話の連載でそのお話をしたいと思います。
憧れのブルテリア
時は溯り2001年――
我が家はピーチーを迎えることを、既に決めていました。ブルテリアはずっと前から大好きだった犬種です。ペットショップからの引き渡しは一週間後と言われていました。予防接種をするとお腹が緩くなるので、それが収まってからとのことでした。
ピーチーがうちに来た時のエピソードは、こちらの記事にあります。
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さて、ピーチーを迎える日を心待ちにする一方で、いざ飼い主になると思うと、少しづつですが不安も湧いてきていました。
というのも、ピーチーがうちに来た頃は、まだブルテリアの飼い主さんがそう多くはおらず、情報が乏しい上に、『飼いにくい』『凶暴』『危険』というネガティブな評価が多く見られたからです。ペットの本を呼んでも、『初心者にはお薦めできない』としっかりと書いてありました。
当時のブルテリアの状況はこちらの記事に。
ブルテリアって凶暴なの?
筆者は子供のころから数えるとピーチーが通算4匹目の犬ですが、昔の番犬外飼いの時代と今では全く状況が異なります。もうピーチーが初めての犬と言っても良いくらいでしょう。
そこで情報を得ようとするのですが、当時は今のように検索をしても、それほど充実した情報は得られません。当然ながらブルテリアを解説した本などもありません。
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それならばプロに、直接話を聞くのが一番だと、うちの奥さんがインターネットや電話帳で調べて、何件ものトレーナーさんに電話を掛けてくれました。
初心者の手におえないということならば、プロにトレーニングを委ねることになりますから、ピーチーがうちに来てからでは間に合わないかもしれません。
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電話したのは数十件。トレーナーさん達に訊ねたことは2つです。
『ブルテリアの評価はどうかですか?』
『ブルテリアをトレーニングしたことがありますか?』
プロの答えは皆同じでした。
『飼いにくくて、危険で、凶暴な犬です』
『きちんとしつければ、従順な犬になりますが、素人には無理です』
『まだ飼っていなければ、やめておきなさい』
自信を持ってブルテリアをトレーニングできるというトレーナーさんはごく僅か(正確に言うと3人だけ)で、中には、『ブルテリアだけは預かりたくない』という方もいました。
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ここで遅ればせながら、驚くことになった筆者と奥さんでした。
あの悪い噂は、プロたちの間でも定説だったということです。
冗談ではありません。ピーチーはもうすぐうちに来ます。
信じない。或いは無視するというのが一番妥当な方法――
しかし、複数のトレーナーさん達が口を揃えて言うからには、それなりの理由もあるに違いない……
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そこで我が家は一計を案じました。やはり、プロに任せるしかないと――
心配し過ぎだと思われるかもしれませんね。しかし万が一にも人間に噛みつきでもしたら、ピーチーは本当に可哀そうなことになってしまいます。
何しろ顎の強さはナンバーワンの犬種。子供の細い指なら、簡単に噛み砕いてしまいます。そうなると、待っているのは行政による強制的な殺処分です。
以上が、ピーチを警察犬の学校に行かせようと決心した理由です。
なぜ警察犬の学校だったのか
なぜ警察犬の学校だったのかというと、トレーナーさんに警察犬を教育できるほどの確かな腕があるのだろうという事と、それを謳う以上は、恐らく悪徳な業者ではないだろうということからです。
そして、ほんの少し不純な動機もありました。
――恰好良いからです。
警察犬の学校というと、超高学歴という気がしませんか?
『私はハーバードを卒業したのよ』とか、『出身校はソルボンヌですわ。オホホホ』みたいな感じです。どうせ行くなら一流校にって――、親ばかですね。
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ここで少しだけ、警察犬の学校についてご説明をしましょう。
警察犬の学校は公的な機関ではありません。『日本警察犬協会』という公益社団法人が認定した、『公認訓練士』が経営し、トレーナーを務めている訓練所を指しています。
ではここに集まった犬たちは、皆が皆、警察犬を目指しているのかというと、そうではありません。むしろ警察犬を目指す子など、ほんの一握りでしょう。
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要するに、腕の良いトレーナーのお墨付きとして、『警察犬訓練学校』が存在しているのです。また実際のところ『警察犬訓練学校』は、問題犬を矯正する最後の切り札的な存在でもあるようです。因みに『警察犬学校』や『警察犬訓練所』とも呼ばれており、親しみやすく『犬の学校』とだけ称しているところもあります。
ピーチーが行った学校では、ピーチーと同時期に警察犬を目指している子は、立派な体格のジャーマン・シェパードが一匹いただけで、他は中型犬と小型犬でした。
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因みにいうと、ブルテリアは警察犬には向いていないと思います。
あんなに好奇心旺盛で、食いしん坊な子たちが警察犬になったら、犯人など追いかけるはずがありません。きっと犯人を追いかけている途中で、ハトやトンボを追いかけたりしてしまって、捜査員の邪魔をするだけでしょう。
うちのピーチーなどは特に人なつこいので、犯人にご飯をもらって、尻尾を振って大喜びするかもしれません。
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さて、ブルテリアが大丈夫と言っていた3人のトレーナーさんですが、我が家が最終的に選んだのは、家からほど近い場所、町田にある学校でした。
ここのトレーナーさんはかつて、凶暴で手が付けられず、殺処分目前だった保護犬のブルテリアを、なんとCMに出演するアイドル犬に鍛えなおした経験もあるのです。
まるで『明日のジョー』の丹下団平みたいですね。
飼い主に求められる決心
しかし――
実は、警察犬の学校に行かせるには、飼い主側にも大きな決心が必要となります。
身体に免疫のついた、生後3か月で学校には入れるのですが、冒頭に書いたように、預けたままにしなければならず、面会も禁じられます。犬に里心がつかないようにするためです。トレーニング期間は3か月。月に1回だけ面会できますが、それ以外は一切会うことができません。
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仔犬が成犬に変わっていく、最も変化が大きい時期。
一番成長を実感できるかわいい時期。
そんな大切な時期に、可愛いピーチーは学校に行ってしまうのです。
でも……、仕方ないなと思いました。
それが18年前に、我が家が最良と思った選択肢でした。
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もしも18年前で無く、今だったらば――
もしかすると、預けなかったかもしれませんね。
でも、行って良かったことは、本当に、本当に沢山あったのです。
それはまた次の記事に書こうと思います。
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写真は生後2か月の時のピーチー
奥さんの手作りのテディベアよりも小さい
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そして、生後3か月
仔犬って、すぐにこんなに大きくなってしまうんですね
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だんだんと学校に行く日が近づきます
ピーチーが学校に行ったのは、クリスマスの直前でした……
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初めてのクリスマスを家族と祝うことなく、
ピーチーは学校に行ってしまいました
これが学校に入る直前に、
学校の前で家族で撮った写真です
――警察犬の学校に行くということ(1/4)――
文:高栖匡躬
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――次話――
警察犬の学校では面会が月1回しか許されません。
待ちに待ったその1ヶ月目。
いそいそと会いに行くと、そこには見慣れぬ犬が――
それは成長して、大きくなったピーチーでした。
ピーチーはどういうわけか、すっかり自信を失っていました。
「大丈夫か、ピーチー?」
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この記事は、下記のまとめ読みでもご覧になれます。
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愛すべきブルテリアたち
ミニチュア・ブルテリア|あんこ
昔からいつかはワンを飼いたいと、ずっと夢見ていたんです。
でも、夢と現実の差はでっかいですよね。結局はずっと、実現できずじまい。
――そんな夢を叶えた飼い主さんのお話。
犬との出会いは運命に似ています。
JRT&Mブルテリア|トラ、サブ、ゲン
犬を家に迎える理由は、星の数ほどあると言って良い。
しかし、この作者は異色。
飼いにくくて、飼うのに苦労をすることを理由に犬を選んだ。
それが今や犬の最高の理解者であり、最高の犬好きというのだから、世の中は不思議だ。