狂犬病予防注射の実施率、本当はどれくらい?
実施率の妥当性を検証してみたい
前回の記事では、狂犬病予防注射の実施率は、47%~72%の幅の中にあるのではないかとの推測を書きましたが、実際のところはどうなのでしょう?
一方ネット上では、予防注射の実施率は、30%台であるとする記事もよく見かけます。この違いは何なのでしょうか?
狂犬病予防注射の意味と意義について考える前に、まずはこの数字の差を検証してみたいと思います。
世の中は往々に、数字の解釈に開きがあるものは、その開き自体に何か意味があることが多いものです。どちらかが間違っていると断じるのは簡単ですが、どちらも正しいのだと考える事で、その幅の中に隠された意味が見えてきます。
- 狂犬病予防注射の実施率、本当はどれくらい?
- もう一度、統計の数字をじっと眺める
- 年を遡って、実施率を計算してみる
- グラフで推移を表示
- ここまでの情報を整理する
- 遂に実施率37%の数字を発見
- 統計数値を用いる場合の注意
- 現実を語るには、今を語らねければならないのではないか?
- 動物医療の関連記事です - 獣医師の数は足りているのか?
実施率30%台の出典がどこにもない
狂犬病予防注射の実施率について調べると、頻繁に出てくるのが、本当の実施率は40%を切っているという話です。獣医師のコメントでさえも、”40%を切っているという説もある”とか、個人の見解として、”もうすでに40%を切っているのではないか”という推測が書かれています。中には37%と、具体的な数値を記したものも幾つかありあました。
なるほどと一旦は納得しそうになったのですが、おかしなことに気が付きました。その”40%を切っている”という説の出典元が、どこにも書かれていないのです。
そこで、自力で計算したのが前回
因みに、ネット上に公開されている情報から、自分で実施率を計算をしてみた結果が前回の47%という数値です。
10%もの開きがあるのはどういうわけなのか?
もう一度、統計の数字をじっと眺める
統計の数字を見ていて気が付いたことがありました。
厚生労働省の統計資料によると、犬の登録件数は平成16年からほぼ横ばいです。
これに対して、一般社団法人ペットフード協会(以下、ペットフード協会)の統計による犬の頭数(実数の予測)では、犬の頭数が減り続けています。
下記にその数字を抜き出して、並べてみます。
年を遡って、実施率を計算してみる
ここで、厚生労働省とペットフード協会の2つの犬数に関して、過去に遡って、平成16年からの狂犬病予防注射の実施率を計算してみました。
※ペットフード協会の統計は平成16年以降とそれ以前で、手法が違っています。
※予防注射実施数は、実施者である厚生労働省の統計しかありません。
厚生労働省の統計から計算した実施率
出典:厚生労働省
ペットフード協会の統計から計算した実施率
グラフで推移を表示
推移が分かりにくいので、グラフ表示をしてみます。
厚生労働省の統計をグラフ化
ペットフード協会の統計から計算した実施率
実施率のグラフのみを比較
ここまでの情報を整理する
グラフを見てお分かりと思いますが、ペットフード協会の調査から導いた予防注射の実施率は、近年は上昇しています。
ここまでの情報を整理すると、下記のようになります。
② ペットフード協会統計値では、飼育犬数は近年減少傾向にある。
③ 飼育犬数減少に伴い、予防注射実施率は近年上昇している。
遂に実施率37%の数字を発見
さて、ここでまた数字の推移を振り返ってみます。
お気づきでしょうか? 上のチャートの中に、探していた37%があることに――
実施率が最も低かった、平成17年度が37%になっています。
確信があるわけではありませんが、狂犬病予防注射の実施率は、最も低い数字が独り歩きをしてしまっているのではないでしょうか?
統計数値を用いる場合の注意
この種の記事を書く場合――、つまり統計の数字を元に何かを語る場合は、筆者は下記の2つが重要と考えています。
① 可能な限り最近の統計数値を用いること。
② 出典を明らかにすること。(どこの調査か? 何年の調査か?)
逆に言えば、これらが書かれていない記事は、鵜呑みにしないようにしています。
なぜならば、意図的に数字を使い分ける事で、物事の本質(正確性)を捻じ曲げることだってできるからです。
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例えば、わざと古い数値を使って、こんな書き方をしたらどう思いますか?
一般社団法人ペットフード協会の、ある年の調査では、犬の飼育頭数は13,068,000とされている。この数字を元に計算をすると、何と37%という低い実施率であることが分かる。
事実を書いてあるだけなのに、今実際に起きていることとは、違う内容のことが伝わっていきますね。
現実を語るには、今を語らねければならないのではないか?
多くの場合ネガティブな声は、ポジティブな声よりもずっと大きくて強いものです。
もしも間違いや誤解があると、”強くて大きな間違いと誤解”になって、広く遠くに伝わって行きます。
また、数字と言うごまかしようのない根本を間違うと、折角の問題提起の声が、急激に求心力を失ってしまうように感じます。下手をすると”噓”だと思われかねません。
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最新の数字を用いるからこそ、”今”が語れるのだと思います。
実施率47%だって、十分にセンセーショナルな低い数字です。
それが、もっと古い数字を持ち出して、37%と伝えたとして、何が伝わるでしょうか?
”事実の重み”を消し飛ばすだけのように思えます。
かつて37%の時代があった(らしい)という事実までが、霞んで見えるように思います。
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もちろん、37%という数字が、意図的に誘導されたものだとは思っていません。
大事な事だから、慎重にやった方が良いと思うのです。
実はこの種の計算の疑問は、犬猫の殺処分数の記事にも良く見かけることです。
さて、実施率のお話はここまでにしましょう。
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最後に大切な事。
狂犬病予防注射に関しては、筆者は反対派ではありません。総論では賛成なのですが、必ずしもそれが全てではないと思っています。
ネット上の議論では、賛成派と反対派の意見が噛み合っていませんね。
実は賛成も反対も、1つの側面からは語れないものです。
例えば、次のような議論を並行して進めないと答えは出ないのです。
① 国の防疫が何を意味しているのか?
② 防疫に綻びが生じた場合に、私たち国民が何を失うのか?
③ 経済的に防疫を行う方法
④ ワクチンで犬の健康が損なわれるリスクは?
⑤ 海外の事例をどう評価するのか?
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次回以降では、狂犬病予防注射の意味を探ってみたいと思います。
本件は色々とデリケートな問題が入り組んでいて、1つの側面からだけでは語れません。当然ながら書くのも大変です。
3回目の記事を書くのには、少々お時間を頂戴する事になりそうです。
――狂犬病予防注射の実施率って、本当はどれくらい?・了――
文:高栖匡躬
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――前話――
狂犬病予防注射実施率を検証してみる
この注射には賛否両論あるようだ。積極的に反対をする人もいる。
その反対の理由を読むと、なるほどと思う。
そこでまた、色々と調べて見ました。
そして、気が付いた。
「推進している側と、反対する側では、全く論点が違うんだ」
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この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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動物医療の関連記事です - 獣医師の数は足りているのか?
マスコミが騒がなくなったからといって、問題はなくなったのではない。
我々、犬猫の飼い主にとって、去年と今年で何も変わっていないのだ。
マスコミが追及しないならば、自分で調べて見ようか――
そんな連載がこれ。徹底的に、飼い主目線。