うちの子がうちにくるまで|No.27 - 2
念願叶い、あの哲学者のような犬に対面した作者。
しかし、いざその子を家に迎えるとなると、急に不安が頭をもたげます。
――本当に面倒を見られるかな?
それは命を預かるときに、だれもが抱く葛藤。
そして遂に、哲学者が家にやってきます。
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不安に駆られる私
念願の、あの哲学者のような子犬を目の前にし、しかもその子を家族として迎えられるチャンスが訪れたと言うのに、不安に駆られて尻ごみをしてしまった私。
もちろん不安には理由がありました。
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共働きで、朝から晩まで職場にいる私に、ちゃんと子犬を育てることができるのか? 留守の間に子いぬがさみしくなってずっと鳴いているのではないか? 人間の子どものように、しょっちゅう具合が悪くなったとしても、仕事を休んでずっとそばに居てやれるとは限りません。
本当にそんな家に連れて帰ってよいのだろうか?
――と。
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店員さんと思っていた女性は、その店の店長で、初めて犬を飼う私の不安を察して、世話のしかたをひとつひとつ丁寧に教えてくれました。しかしそれでも、私の不安はなかなか消えません。
一方夫の方は、帯広の農家出身。外で犬を飼っていたことがあるそうで、私ほどの不安はない様子でした。
「今日連れて帰らないと、きっと売れちゃうよ。どうするの?」
夫はそう言って、勇気を失っていた私の背中を押してくれたのでした。
小さな段ボール箱
店長さんは子犬のあたまにちょっとキスをして、ぎゅっと抱きしめると、小さなダンボール箱にそっとその子を入れました。
そして子いぬが住んでいたケージから、小さなピンクのぬいぐるみをひとつ出すと、一緒に箱に入れてくれました。
(そのぬいぐるみに私は後日、店長さんの苗字を勝手にもらって『なかざわさん』と命名しました)
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子犬は、箱のふたを閉められたあと、声も出さずにじっと薄暗い箱におさまっていました。それを見た私は、まるでお母さんから子どもを引き離すような、むごいことをしているような気がして、胸が痛くなりました。
けれども、「店長さんはこれが仕事なのだから、子犬との別れはしかたのないことなのだ」と思うことにして、子いぬと小さなピンクの『なかざわさん』が入った箱を恐る恐る抱きかかえて、夫と店を出たのでした。
おとなしかったのに - 騙された!
さて、そのおとなしい子犬ですが、声も出さずにじっとしていたのはそこまででした。車に乗せたとたんに、がさがさと動き始めたのです。
ふたを開けると、「出して、出して!」といわんばかりに後ろ足で立ち上がり、箱のふちにつかまって、元気よくあばれ出しました。
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「店でおとなしいふりをしていたのは、買ってもらうためだったのか、…騙された!」
運転席の夫が笑いました。
子犬を抱いたこともない私のひざの上は、きっと相当に居心地が悪かったのでしょうね。子いぬはそれから増々落ち着きをなくして、動き回るのでした。
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ペットショップから、見知らぬ家に連れて来られた子犬。
うちには2人子供がいるのですが、その子犬を大歓迎をしてくれたのは、当時高校をやめてアルバイトをしていた息子だけでした。
中学生だった娘は、「子犬の名前を何にするか?」という話し合いには参加したのですが、ところかまわず跳ね回って粗相をし、誰の手でも容赦なく甘噛みをする子犬を怖がりました。あろうことか、可愛がるどころか、見向きもしなくなってしまったのです。
「どうして犬を飼うことにしたの?噛まれるし、怖いよ」
娘は不服そうでした。幼い頃、公園でよその犬に追いかけられた経験があって、元々それほど犬が好きではないのです。
小さな子分
夫は娘に、「お母さんはね、言うことをきく、小さな子分が欲しいんだよ」と言ってなだめました。
確かにそれも一理あったかもしれません。
息子が高校を中退して、学費がかからなくなった途端に、私を支えていた『親としての使命感』のようなものが、ぷつんと切れてしまったようで、妙な寂しさがありました。
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夫は元々『勉強に向いていないやつが、無理に高校に行く必要はない』という考えの持ち主でした。
私が焦って息子を塾にやったり、大学に入りやすい私立高校に入れたりした結果、息子は授業についていけず、髪を染めたり、学校にタバコを持ち込んだりと、彼なりの小さな抵抗を繰り返し、2年生になる前に、とうとう学校から追い出されてしまったのです。
その間中、息子を励まし、かばい、何度も学校に戻るためのチャンスをくれた若い担任の先生は、最後の日にわざわざ家に来てくれて息子と話し、男泣きしていました。
子犬を迎えたもうひとつの理由
私が子犬をどうしても迎えたかったのには、もうひとつの理由がありました。
それは娘に反抗期の兆しが見えたからです。
私自身が中学生だった頃、優しかった父親に抱いた原因不明の嫌悪感や、そのときにとってしまった冷たい態度は、今も苦い思い出です。
今度は娘が、夫に対してそのような感情を向け始めるのではないか、という不安がありました。
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夫は、自立しかけた娘の複雑な気持ちに気づき始めながらも、娘が小さかった頃と同じように話しかけ、子ども扱いし、猫かわいがりしています。娘は、そんな父親の態度をわずらわしいと感じ始める年頃になっていました。
子犬という新しい家族の登場によって、夫の娘への執着が少しでもやわらぎ、娘の複雑な気持ちも、少しでも良い方向にまぎれてくれたら、という淡い期待がありました。
(つい先日、3年も経ったのでもう時効だと思い、私はこの浅はかなもくろみを夫に告白しました。夫は怒らずに苦笑し、娘もくすっと笑っていましたが…)
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さて、この子犬――
私たちが「ちぃ」と名付けた、大きな顔をしたその子は、「言うことをきく小さな子分」どころか、「言うことをきかない小さな姫」にこのあと変貌を遂げ、やがて家族全員が振り回されることになるのです。
しかしこの頃はまだ、誰もそのことを想像できませんでした。
ここからのお話は、また改めて。
漫画でもどうぞ(ちぃがうちにくるまで)
――ちぃがうちにくるまで(2/2)おしまい――
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――うちの子がうちにくるまで・次話――
先住犬の”ちぃ”は、どうもよその子に受けが悪い。
このまま犬の友達はできないの?
そんなとき、小さな白い犬を見かけたのです。
「ねえ、友達になってくれる?」
――うちの子がうちにくるまで・前話――
本当は犬が苦手だった作者。
その作者が偶然、びっくりするほど大きな顔の犬を目撃しました。
哲学者のような振る舞いの犬――
月日がたたち、作者はその不思議な犬の置物に遭遇します。
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この記事は、下記のまとめ読みでも読むことが出来ます。
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――うちの子がうちにくるまで、第1話です――
昔からいつかはワンを飼いたいと、ずっと夢見ていたんです。
でも、夢と現実の差はでっかいですよね。結局はずっと、実現できずじまい。
――そんな夢を叶えた飼い主さんのお話。
犬との出会いは運命に似ています。
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おすすめの、うちの子がうちにくるまで
ジャックラッセルテリアは、飼いにくい犬の代表選手。
しかし、チャーミングで、好きな人にはたまらない魅力がある。
飼いにくい、飼いにくい、大変だ、大変だ……
でも、それを乗り越えた時には、強い絆が生まれているんだよ。
フレンチブルの太郎くんは、しろとり動物園生まれ。
最初はそのつもりはなかったのに、会いに行ったら一目ぼれでした。
今では白髪交じりになってしまったけれど、何事にも始まりはありますね。
出典
※本記事は著作者の許可を得て、下記のエッセイを元に再構成されたものです。