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【まとめ】ピーチーの闘病記:看取り後 ~寂しいけれど、悲しくないよ~

ピーチーの闘病記:
看取り後 (1話~3話、そしてその後)
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Review
カテゴリー:闘病記
作者:高栖 匡躬 

ピーチーを見送ってからのお話です。

子供の頃に飼った犬たちとの別れは、あっさりしたものでした。平均寿命が3年ほどの頃で、田舎で、外飼いだったので、看取りというようなこともせず。だから、初めて自分で子犬から育てて、看取った経験でした。

悲しさはないのに、寂しいんだなあと思いましたねえ。
今は、寂しさは楽しめています。
うちの子がいた証みたいなもんです。

【目次】

 うちの子が旅立ってからのこと

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第1話|3月30日|大好きだった自転車

笑って見送りはできたものの――
やっぱり寂しい。

当たり前ですが、何かが足りません。
ペットロスというのは、誰にもやってくるものなのですね。
悲しみはそこにはなくて、ただポッカリと開いた穴。
良く話に聞く喪失感とも、ちょっと違う気がしました。

第1話|おまけ|自転車を引いて走るよ

記事に書いたことです。
ピーチーの自転車の散歩はこんな感じでした。
ちょっとイメージと違うでしょ?
マンションの裏手は、土手沿いに遊歩道が続きます。
そこを爆走です。
動力付き自転車。楽チンでしたよ!

第2話|3月31日|火葬を終えて

2年前のこの日、ピーチーを荼毘にふしました。
わが家にはピーチーがやってきた時のダンボール箱が、大切に取ってあります。
小さな小さなその箱に入って、うちにやってきたアイパンチの女の子が、ちょっと大きな、立派な桐の箱に入ってうちから出て行きました。

火葬の際、色々持たせてやろうと思ったのですが、斎場の決まりでそれは無理。
結局ピーチーは、おやつを少しだけ持っていきました。
服が大嫌いな子だっから、それもまた良し。
「すぐに全部食べそうだな」
ピーチーらしい去り方でした。

第3話|4月1日|ピーチーのいない3日間

別れの3日目。心境の変化を綴ったもの。
その当日は「やりきった」という充実感があり――
しかし、段々と寂しさが大きくなりました。
ピーチーが癲癇を発症したのは、前年。
それから休まず書いたブログは、更新の頻度が落ちて行きました。

 

 あれから4か月

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8月のこと ピーチーまたな

別れから4か月。8月の頃の心境。
大きくなっていた寂しさはひと段落。
この頃から、寂しさは楽しめばよいと、思うようになりました。
わが家がピーチーを思い出すときには、常に笑いがありました。
寂しさは、いつも楽しい思い出と共にやってきたのです。

きっとその楽しい思い出を、これから味わえないことが寂しいのだ。
楽しい思い出を作った本人が、今ここにいないことが寂しいのだ。
だから――
寂しさは、楽しさと表裏なのだと思いました。
そして、寂しさを消せば、楽しさも消えてしまうように思いました。

ならば、寂しさも楽しめば良い。
――そう気が付きました。
そう考えるようになると、
「寂しさはきっと、ピーチーがそこにいた証なのだなあ」
と、思えるようになりました。
寂しさはきっと、愛おしいものなのだと思います。

 

 あとがき

ようこそ、ペットロス

愛犬愛猫の看取り(別れ)を、正面から受け止めるのって大切だと思います。
しかしそれは事前の覚悟がないと、きっと難しいんです。
うちのピーチーは過去に何度か大病をして、その都度覚悟をさせられて、練習を積まされたので、なんとかなったのだと思っています。

それを感謝すべきなのか?
そうでない方が良かったのか?
わかりませんね。

ピーチーが去った直後は、何を見てもピーチーとの思い出が蘇りましたねえ。
今だって、ピーチーの大好きなものを食べる時には、ついついちょっと残しちゃうんですよ。
最初それをは、ウーーンと思っていたんですけどねえ。
今ではそれも良いかなと思うようになりました。

今、愛犬愛猫を亡くして、ペットロスに悩んいらっしゃる方へ。
思い出した時に、暖かい気持ちになったり、ニヤリと笑えるようになったら、きっとペットロス卒業かもしれません。

作:高栖匡躬
解説:高栖匡躬 
 ▶プロフィール
 ▶ 作者の一言
 ▶ 高栖 匡躬:犬の記事 ご紹介
 ▶ 高栖 匡躬:猫の記事 ご紹介

――前のまとめ読み|肺がん・看取り編――

別れを悟り、決心したこと――
「笑って見送ってやろう」
楽しく過ごした14年と7か月。
最後のご褒美は、絶対に笑顔だと思いました。
そのために気持ちを整理し、組み立てて――
それが我が家の看取りでした。
楽しかったな、ピーチー

――最初のまとめ読み|看取りのときへのプロローグ――

我が家のピーチーは肺がんでした。
爽やかに駆け抜けた一生だったと思います。
今回は前文として、
看取りの記録を残す意義などを――
犬も猫もただ去っていくのではく、何かを残していきますね。
それは、きっと悲しみではないと思うのです。

肺がんの医療記事です 

肺がんを分かりやすく解説した医療記事です。

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