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【心臓腫瘍】 もうすぐ10歳の誕生日を迎える頃でした ~ちぃの闘病記(1/5)~

虹の橋の向こうへ
ちぃの闘病記:心臓腫瘍 1話

ちぃの闘病記_心臓の腫瘍

文|かっぱ太郎 撮影|F.zin 扉イラスト|はまのゆり
 

もうすぐ10歳の誕生日、という初夏のある日のことでした。
我が家の愛犬、ちぃは、ごはんを食べなくなりました。

お腹の具合でも悪いのかと思い、かかりつけの先生に診てもらうと、
「重度の貧血です。脾臓に何か異変がありそうなので、すぐに摘出しなければなりません」とのことでした。

ちぃは誕生日に入院し、翌日が手術日でした。

先生は「ちぃちゃん、今日が誕生日なんですね。」と気づいてくれました。
ちぃがうちに来てから十年、ずっと見守ってくれているやさしい先生です。

お腹の中にあってはならない液体状のものがたくさんあって呼吸が苦しいこと、どこかに腫瘍があるかもしれないこと、脾臓という血液をため込む臓器が腫れていること。
そしてそれが破裂するリスク、脾臓はなくても生きていけることなどを、順を追ってわかりやすく丁寧に説明してくれました。

 

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選択の余地のない状況であることは、私にも理解できました。
私はちぃを先生にお願いして、家に帰るしかありません。

考えたくはありませんでしたが、腫瘍がもしも悪性だったら…という覚悟はしておかなければなりません。

「今晩、仕事を終えて家に帰っても、ちぃはいないのだ」
そう思うと、帰宅途中に涙が出ました。

 

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ちぃは誕生日の翌日に手術し、数日病院に泊まりました。

帰宅したあとは、日に日に元気になってゆきました。
首のまわりには傷をなめないよう、大きな襟状の防具をつけられ、パラボラアンテナの中から頭を出しているような状態で気の毒でしたが、ごはんもよく食べ、家の中を走り回りました。

我が家は2匹の犬がいるのですが、ちぃがパラボラで闊歩するたび、もう1匹の方の”れん”は、轢かれるのを恐れて道をゆずりました。

ソファにも飛び乗ったりするので、お腹の傷がソファのへりでこすれて、床の敷物が血だらけになってしまいました。その日家にいた夫と娘がびっくりして、ちぃを病院へ連れて行きました。私が仕事で家にいないときにそんなことがあると、家族はたいへんです。

 

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ちぃは傷がひらかないように、お腹に包帯をまいてもらいましたが、胸のサイズが大きく、ウェストが極端に細いため、包帯がすぐに後ろ側へずり落ちてしまい、役に立たないハラマキをしているだけになってしまいました。

結局ちぃは病院で服を着せられ、その後は家の中が血まみれになることはなくなりました。

手術のおかげで貧血も徐々に良くなり、脾臓の病変の検査結果も悪性ではなかったので、家族みんなでほっとしました。

ただ、気がかりなことはありました。手術のときに先生は、脾臓だけでなく、臓器をすべて眼で確認してくれましたが、どこにも病変が見つからないのに、お腹に液状のものがうっすら染み出てきており、完全にはなくならないことでした。

 

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このまま染み出るのが続いてしまうと、だんだん元気がなくなり、やがては静かに亡くなっていきます、と先生は教えてくれました。
がんはどこにも見つからないのに、いったいどういうことなんだろう、と不安になりました。

先生は、大学病院を予約してくれて、ちぃは精密な検査を受けることになりました。検査の予約日は、手術から1か月経った暑い夏の日でした。

ちぃは、検査の日までにお腹の水がたまり、呼吸が苦しくなるためごはんを食べなくなり、かかりつけの先生に水を抜いてもらいました。

そして、ちぃは検査の日を迎えました――

 

――虹の橋の向こうへ・ちぃの闘病記(1/5)つづく――

作:かっぱ太郎、F.zin
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――次話――

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 出典

※本記事は著作者の許可を得て、下記のエッセイを元に再構成されたものです。