凶暴な犬、心の話をしましょう

前回に続き、動物病院での引き渡しのお話です。
いざメディカルチェックが始まると、その犬(我が家の心になる子)は威嚇だけでは済まずに、とにかく暴れました。それでも看護師さんが、頑張ってくれました。
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それまで手入れしてもらって無かったので、体毛が固まって張り付いていて、仕方がないので、酷いところは根元から刈り取ってもらいました。爪は延び放題でぐるぐると巻いており、1本は前足に食い込んで血がにじんいるほどです。噛み癖があるからでしょう。犬歯は上下4本とも切られていました。
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肝心のメディカルチェックの結果はというと、虐待されて手入れもされていなかった割には、ご飯だけはちゃんともらってたらしく丸々とした体形で、病気などの異常は見つかりませんでした。
受け渡しは無事に終わり、病院から家へは、看護師さんが車で送ってくれました。もちろんまだ抱くことはできません。病院で使っていなかったキャリーケースに入れての移動です。
名前は心(ここ)と名付けました。最初は詩(うた)にしようと思ったのですが、早く心が通じ合えるようにとその名前に。
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家族は楽しみにしていたコーギーが来ので、嬉しさでいっぱいでしたね。
「あなたが心ちゃん?」
早速娘が話しかけました。
しかし心は、無反応でした。最初の頃の心は本当に怯えていたのです。
これから自分は、何をされるのかと思っていたのでしょうね。その後4日ほど、全く声を出さないので、声帯を除去されているかと思ったほどです。
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当然ながらその頃の怯えた心には、保護センターで聞かされたような攻撃性、凶暴性はまったく感じませんでした。
ただ、噛むと聞いてたので、家族全員が騒がず遠巻きに見ていた感じです。オモチャも用意してあげたのですが、心は遊ぶということさえ知らないのだと思いました。お互いのことを探り合っているような状態です。目も合わしませんでした。
「さて、この子はどこで生活させようか?」
我が家は三階建てで、2階が普段家族が集まるリビングになっています。
でも、そこにいさせるのが良いかどうか?――
色々と考えた末、心は家の一階にある、私の部屋で飼う事にしました。その方が散歩に連れて行くのも、病院につれていくのも何かと便利です。
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部屋の中ではフリーにし、ケージには入れませんでした。
病院での暴れ方を見ると、ケージの出し入れをするのは困難だと思ったのです。
これから色々と問題はありそうだなと予感はありましたが、私はあまり考えない能天気な性格なので、「何とかなるだろう」と考えました。
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実はここで、思わぬ幸運が2つありました。
1つ目の幸運は、皆さんが悩むトイレです。
さすがにトイレは教えないといけないかと思いながら、部屋の中にペットシーツを置きました。これまた能天気に、「出来なかったらそれでもいいや、何とかなるわ」と考えて、本当に何気なく置いたんです。
すると心は、私が何もする前に、自分でペットシーツまで行って用を足しました。あんな汚い身体で、家の中で飼ってたとはとても思えない子なのに、なぜかペットシーツ=トイレと認識しているのです。これは家族皆がびっくりしました。
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2つ目の幸運はフードです。
先代から使ってたアイムスの小粒を与えてみたところ、嫌がる事なく食べてくれたのです。
散歩はしばらくは行きませんでした。
あまりにも新しい経験が多いと戸惑うだろうと思い、まずは家になれてもらおうと思いました。
さて、一階の私の部屋で暮らし始めた心ですが、少しは安心してくれたのでしょうね。最初の頃のような怯えはなくなっていきました。何日かしたら、勝手に階段に上がって、家族のいるリビングにやってきました。
この時もまた初日と同じように、家族は遠巻きでした。
ーーと言っても、初日のそれとはちょっと理由が違いました。初日は新しい環境に慣れるまでの配慮で、そっとしておいてあげようという遠巻き。しかし今度は、噛まれないようにするための遠巻きです。
そうです。この頃から心は、噛みつき犬の本領を発揮し始めたのです。
我が家で初めて出した声は、何と威嚇のガウガウでした。
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さて、そんな心との生活ですが、意外に思われるかもしれませんが ”割と” 普通でした。
”割と”というのは、遠巻きにしていればという条件付きです。
心は食器を出す、戻すという事に、ガウガウ怒ることはありません。
しかし家族の手と足が急に動くと、いちいちそれに反応してました。例えばティッシュを取ろうとするときのちょっとした動作にでもです。
そこに気を付けてあげれば、心は普通に生活はできたのです。
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もちろん警戒しているので、心は私たちに体を触らせることはありません。そして相変わらず、オモチャで遊ぶこともありません。
狭いところに行きたがり、2階の家族のトイレを占拠してしまって、食事の時と自分がトイレ(ペットシーツのある場所)に行く時以外は、いつもそこにいました。仕方がないので、トイレは開けたままにしておき、心が閉じ込められないように、ドアストッパーで固定していました。
――えっ、家族はトイレをどうしたのかって?
一階にもトイレがあるので、みんなはそこを使いました。
ここまで書くと、『全然普通ではない』と思われるかもしれませんね。
でも私も家族も、保護された犬というのは、最初のうちはどこもそんなものだろうと思っていました。
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そんな心ですが、突然に、初めて初めて抱っこをする(抱っこをせざるを得ない)時がやってきます。
先代のオヤツで買っていたソーセージを、金具がついた状態のままで丸のみしてしまったのです。急いで病院に行かないなくてはと思いました。
しかし心は、ケージの置いてある1階に降りようとしません。手を出そうとすると、嫌がってガウガウと威嚇をしてきます。
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「散歩もしないで、一生2階におるんか~!」
私は思いあまって、大声で叫んでしまいました。
この時は、とにかく必死だったのです。
心に気持ちが通じたのでしょうか? それで心は、急に大人しくなりました。
私は心を抱き上げて、リードを付けました。
意外なことに、心はいざリードを付ける段になると、大きな抵抗はしませんでした。
恐らく以前に、付けた事があったのだと思います。
――つづく――
作:karaage
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――次話――
次話が最終回です。
心(ここ)は、本気で私たちを噛みました。
何かのきっかけで、凶暴のスイッチが入るようです。
噛み方も、凶暴そのものでした。
「なんで連れてきたの?」
と泣く娘……
しかし私は、心に愛情を注ぎました。
心を信じて。
やがて、心は――
――前話――
心(ここ)を迎えた時、私はペットロスの中にいました。
酷い精神状態の中、その犬に出会ったのです。
保護センターから「譲渡はできません」とまで言われる犬
じっとその犬を見つめるうち――
「迎えに来るから待っててね」
と言葉が口を衝きました。
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この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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うちの子がうちに来るまで
我が家が犬を迎えるまでの話