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【まとめ】別れの印象は変えられる/闘病中の飼い主さんに掛ける言葉 ~ペットの介護と死を考える~@

考え方次第でイメージは変わるもの
愛犬の死_印象を変える

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カテゴリー:コラム
作者:高栖 匡躬 

本作は、愛犬(愛猫)の死について考えたものです。

普段は直接的な”死”という言葉は使いません。愛犬を亡くした飼い主さんの気持ちへの配慮です。しかしながら、”別れ”という言葉は、しばしば”死”の本質から目を背けるだけにもなってしまいがちです。

”死”とは何なのか?
それを突き詰めると哲学的な話になり、我々のような普通の飼い主からしたら、遠い話になってしまいがちです。

しかし、”愛犬にとっての死” と ”飼い主にとっての愛犬の死” と考えてみると、意外に意味があるもののように思います。曖昧な ”死” は、恐れや苦しみ、悲しみを伴うものですが、突き詰めてみたらどうだろうか?

そんなことを考えながら書いた、シリーズのコラムです。

後半は、闘病中の飼い主さんに掛けてあげられる言葉について考えます。

こんな方に:
愛犬(愛猫)は苦しみながら死んだのだろうか?|自分が死なせてしまったのではないか?|後悔ばかりが残っている|愛犬(愛猫)の死が、今も受け入れられない|ペットロスから立ち直れないでいる

【目次】

 死を突き詰めれば、別れの印象は変わるかも

1話|死は我が子を優しくつつむ

この夏は、仲間の犬達が随分と天国へいきました――
皆さん、愛犬の『死』はどんなイメージですか?
うちの子はいなくなって2年半。
月日が経つほど『死』の印象は柔らかくなります。
実は『死』は、優しいものなんじゃないかな?
そんなお話です。

2話|別れの言葉を用意している?

犬の寿命は人間よりずっと短い。それを、はかないと感じますか?
犬は何をやるのも一生懸命。
きっとその一生を、全力で駆け抜けていくのだと思います。
だから、別れの言葉も、それにふさわしいものを送りたい。
そんなことを考えたお話です。

3話|あー楽しかった、またね! ~またねという言葉~

筆者がピーチーを送ったときの、別れの言葉。
『またね』のお話です。
それは、闘病のときに閃いたもの。
ピーチーはきっと、『またね』と言って去っていくんだろうと思いました。
別れの言葉なのに、なんだか再会が期待できそうな感じで――

 

 闘病中の飼い主さんに、掛けてあげる言葉とは?

頑張は、相応しい言葉なのだろうか?

今日は、過去記事に対していただいたご意見を考えます。
闘病や介護に臨まれている飼い主さんには、よく『頑張れ!』という言葉が、励ましで使われますね。
しかし既に頑張っている方にとっては、『頑張れ!』は時に、酷な言葉であったりします。
言葉って、難しいですね。

▶ 頑張れという言葉|追記

自分で介護を経験をしないと、「頑張れ!」という言葉が、当事者の突き刺さり、時に傷つけてしまうということに、なかなか気が付きませんね。「頑張れ!」を言って下さる方は、間違いなく味方だなので、受け取る側の気持ちも複雑です。

逆に一度介護を経験すると、「頑張れ!」はどうしても、口に出せなくなります。
そうなると今度は、咄嗟に言う言葉が思い浮かばず、言葉を失ったりするのです。

飼い主さんに掛ける言葉は、とても難しいものです。

いつも悩みながら、絞り出す言葉

いつも迷います。でも、声を掛けずにはいられない。
だから、悩んで絞り出します。
本当に難しい言葉――
「自分の時はどうだった?」
「あの時の自分なら、どう思う?」
「傷つかないかな?」
――そんなことを思いながら。
皆さんはどうかな?

 

 うちにはうちの別れ方

虹の橋は誤解(誤用)されがち

『虹の橋』は広く知られています。
しかしながら、『虹の橋』の言葉は、間違えて使われるケースがよくあります。
「虹の橋を渡った」という使い方が、もっとも多く見受けられる誤用です。
『虹の橋』は真意を理解した方が、より深い感動があります。
一度この記事をご覧になってみてください。

虹の橋とは違う場所にだって行ける

筆者が愛犬ピーチーとの別れを感じた時の話です。
「ピーチーを”良く”看取ってやろう」
そう気持ちは、切り替わっていました。
これまでは、全力でピーチーの命を救う闘病をしてきたつもりでした。
しかしもう、「全力で看取る時期」なのだと、肌で感じていました。
この日書いたのは、『虹の橋』のことでした。

『虹の橋』は良い詩だと思います。
沢山の飼い主さんの心を、救ったことも知っています。
しかし――
ピーチーとわが家には、どうも似合わない――
「センチメンタル過ぎるよなあ、この子には」
そう思っていました。
うちの子は、オトボケなのですよ。
とっても――

 

ピーチーは全力で生きて、一生を駆け抜けた。
飼い主は、それを全力で見守った。

そんな終わり方に、してあげたいと思いました。

笑って見送るという選択肢

ペットとの別れ、涙を想像しませんか?
でも、他にも方法はある。
――という提案。
うちでは、笑って見送りました。
その方が、うちの子らしいと思ったから。
笑顔は最後のご褒美で、天国へのお土産だと思いました。
泣いて見送る? 笑って見送る?

 あとがき

死ついて考える

筆者は愛犬ピーチーとの別れを覚悟した時、”死の意味” について考えました。

当然ながらそこに答などありません。
しかし、深く考えていくうちに、うちにはうちの別れ方があるという考えにいたりました。うちにはうちの送り方があるとも言い換えられますね。

 

ピーチーとの別れを肌で感じる頃には、”死” は怖いものではなくなっていました。
むしろ救いとか、癒しのようにさえ感じました。

”死” は奪い去られるものではなく、差し出すものだと思いました。
そして気持ちは、救われました。

――高栖匡躬 ――

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作:高栖匡躬
解説:高栖匡躬 
 ▶プロフィール
 ▶ 作者の一言
 ▶ 高栖 匡躬:犬の記事 ご紹介
 ▶ 高栖 匡躬:猫の記事 ご紹介

 同じ作者のまとめ読みです

別れは特別なものではない――

我々は、看取りの内容に囚われてしまいがちです。
良く看取れたのか? そうでなかったのか?
別れのあとも、ずっとそれを考えてしまうのです。

別れは特別なものではなくて、生き物には必ず訪れる自然なものです。
必要以上に重要に考えないことが、大切なように思います。

看取りをもっと積極的に捉えられるように、このコラムを書きました。

ペットロスについて考える――

ペットロスに悩む方は多いですね。
それは誰でも経験することで、筆者も経験があります。
”別れ”をどう捉えるかで、重かったり、軽かったりですが、必要以上にそれを嫌うこともないように思います。
ペットロスについて書いた記事のまとめです。

安楽死について考える――

ペットの安楽死について、考えたことがありますか?
多くの方は、考えたくもないというのが、正直な気持ちでしょうか?

誤解されやすいのですが、安楽死は”死なせる”ことではありません。
どうやって生かすかを、正面から見据えることでもあります。
安楽死を意識した途端に、ペットの生は輝くのです。

安楽死は、事前に深く深く考えておかないと、「その時」に、
”する/しない”の選択ができなくなります。
思考が止まるからです。

賛成も反対も、ご意見があることでしょう。
一緒に考えてみませんか。安楽死について。

 

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