うちの子がうちにくるまで|No.43
一人娘のために、犬を飼い始めた我が家。
元々犬好きだったこともあり、多頭飼いをするようになりました。
進学で娘が家を出てからは、主人との二人暮らし。
ある日、主人と保護カフェに行ったときのことです。
そこには10歳になった、病気だらけで誰からも見向きもされない犬がいました。
しばらくその子を抱いた主人は、いきなりこう話しかけました。
「うちに来る?」
シーズーってどんな犬?|今まで犬を飼ったことがない|初めて飼うのが不安|皆さんどうやって飼うのを決めるの?|経験者の話が聞きたい
我が家では代々、シーズーを飼っています。
何故シーズーなのかというと、あの鼻ぺちゃでモフモフ感があって、何とも言えない愛嬌を振りまく姿が大好きだからです。
今日ご紹介する桜は、我が家の4匹目シーズーです。
まずは私と犬の関りからお話していきます。
私が子供の頃、実家にはパピヨン2匹とシェルティ1匹と秋田犬5匹を一緒に飼ってました。犬好きの家族の中で私は育ったのです。
そんなに沢山の犬を多頭飼いしている家でしたが、元々は手乗りインコがいただけでした。私が幼稚園の時に、近所で産まれた雑種のワンちゃんを連れてきたのが始まりで、それから我が家は段々と犬好き家族になっていったのです。父は犬好きが高じて、遂にはシェルティの為に、10畳の鉄筋コンクリート、冷暖房完備の部屋を作る程でした。
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そんな私ですが、犬好きの実家を出て一人暮らしをすることになりました。
二十歳を過ぎて仕事場が家から遠くなったのがきっかけです。
ずっと途切れなく犬と住んでいたので、少しだけ寂しい思いはありましたが、当時は若くて夢がたくさんあって、正直言うと自分の事が一番で、犬がいない生活がどんなものなのかなんて、考えていませんでした。
やがて私は結婚し、子供が生まれました。
時折子供時代を思い出し、ワンちゃんが恋しくなったりするのですが、夫は転勤族だったため、ずっと借家住まい。ワンちゃんが飼えないので、初めはハムスターを飼ったりしましたが、次第にワンちゃんへの思いが募っていきました。
私の思いがようやく叶ったのは、子供が小学校一年生になってからでした。
娘が一人っ子では可哀想だからと、姉弟のつもりでシーズーのピースを迎えたのです。
あの時は本当に嬉しかったです。本当に1人子供が増えたって思いました。
その後我が家は、更に2匹目のシーズーを迎えることになります。
面白いもので、犬のいない生活から犬のいる生活に変わると、何匹いてもよくなってしまうのですね。実家で1匹の犬からはじまり、多頭飼いをするようになった父の気持ちが分かりました。
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因みに、1匹目のピースはペットショップから迎えて、2匹目のはなはペットショップで買い手が無いまま、大きくなりすぎて我が家に来ました。3匹目のシュウは、飼い主の引っ越しで置いていかれてた犬を、ご縁があって大阪から九州まで迎えに行きました。つまり飼育放棄の子です。我が家に来たときは12歳を過ぎてました。
賑やかになった我が家ですが、1つ残念なこともありました。2匹目のはなが、3年半で心臓病で亡くなってしまったのです。
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その後、家にはピースとシュウがいたのですが、私と娘はたまに保護カフェに行っていました。もう一匹飼いたいとかの気持ちではありません。保護カフェには行くだけでも寄付になるので、すこしでも飼い主に恵まれなかったワンコの助けになればと思って通っていました。
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やがて月日は流れて、娘は中学を卒業。高校では家を出て寮に入りました。
そして、我が家は主人と私だけの二人暮らしに戻りました。
――その日――
私は主人と一緒に保護カフェに行きました。以前は娘と一緒に通っていたお店です。
主人は保護カフェに行ったことがなくて、興味があったようです。
我が家は多頭飼いをするほどなので、主人も犬好きなのですが、元々は犬よりも猫派でした。しかし私が酷い猫アレルギーだったので、主人も犬派に転向したのです。
シーズーも元々は私が好きだった犬種で、主人はそれほどでもなかったのですが、この頃にはすっかりシーズー好きに変わっていました。
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主人は人見知りする性格なので、カフェを楽しむというよりも、ひたすらワンちゃんだけに話しかけてました。そして「こういう場所があるんだね」と言って、色んなワンちゃんのプロフィールを見てました。興味津々って感じでしょうか?
私はお店のTwitterをよく見ているので、劣悪な環境から保護されてカフェに来て、すぐに体調が悪くなったシーズーがいることを知っていました。その子は一時入院していましたが、私たちが訪れたときにはもう退院していました。
見回してみると、その子は誰からも見向きもしてもらえなくて、お店の端っこにじっと丸まってました。それも無理もありません。その子は肺水腫、乳腺腫瘍、心臓病、全盲、重度の歯周病、栄養失調…と、とてもじゃないけど飼おうって思える子ではなかったかれです。歳も10歳になっていました。
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私が主人に「ここには、シーズーもいるんだよ」と教えてあげると、主人は「連れて来て」と私に言いました。その子は10年近く繁殖犬として、ゲージの中しか知らないからために、人に抱っこされたことがほとんどありませし、甘えることも知りません。
当然ながら、主人が抱っこしても始めは嫌がってました。
シーズーなのに栄養失調だったから毛ははげてボロボロ。歯周病が酷くて、臭かったことを覚えてます。
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その後、意外な出来事が!
しばらくそのシーズーを抱いていた主人が、いきなり「中山家に来る?」とワンコに話しかけたのです。驚く私の前で主人は「家に帰ろうか?」と続けました。
私はビックリしました。咄嗟に閃いたのは「大丈夫かな?」ということ。
先住犬2匹はどちらも老犬で、どちらも病気を抱えています。現実的な話になりますが、「三匹の病院代大丈夫かな?」と思い、「連れて帰っても幸せに出来るのかな?」とも思いました。
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しかし結局、その子を迎えることにしました。
そのまま手続きをして、その日のうちに連れて帰ることに――
驚いたのはカフェのオーナーも同じでした。
「この子は、家族になってくれる人は出来ないかもって思ってました」
と言って、涙ぐんでいらっしゃいました。
「どうして決めたの?」
私が後で訊ねると、主人は「何でかわからないけれど、この子を見たときに、この子を育てたいって思った」と言いました。我が家の2匹目の子、3歳半で亡くなった『はな』とその子が重なったのだそうです。
主人には、何か感じるものがあったんだと思います。
その子の名前は『桜』になりました。主人が連れて帰る前に、カフェで決めてしまいました。お店では『チピ』と呼ばれてましたが、主人が「桜!」と言ったときに、私もやっぱりなぁと思いました。何でやっぱりかは、私にも分かりませんが、「やっぱり、桜やなぁ」って感じました。
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さて、我が家に着いた桜ですが、さすがに新しい環境には戸惑ったようでした。
それにも増してビックリしていたのは、先住犬の2匹の方です。いきなり同居犬が増えたのですからね。桜は臭かったし咳も酷かったので、2匹は引いて見ていて、しばらくは桜に近づきませんでした。見ていて桜がすごく可哀想になりました。
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これは桜がうちに来て間もない頃の3匹
ピースとシュウが後ろで見てます
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寮に入った娘には、メールで事後報告をしました。
家を出たらなかなか帰ってこない娘でしたが、新しい犬を迎えたと知ると、すぐに二時間半かけて家に戻ってきました。娘にも犬好きの血が流れているのです。
桜は目が見えないので、私が仕事から帰ったら、いつも他の子と違う所でポツンと座ってました。誰かが帰っても出迎えるという事を知らなかったからです。あのポツンと1人の姿は今でもはっきり覚えてます。すごく切なかったです。
お利口な子だったので、躾には全く困りませんでした。シーツは直ぐに覚えてくれましたし本当に手はかからなかったです。
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只、肺水腫と心臓病は難題でした。
息がしにくい状態で、人間の喘息の子供みたいにずっとゼーゼーいって一日中苦しそうで、夜中は寝れないので、私が抱っこした状態で壁にもたれ掛かって、背中をさすりながら一緒に寝ていました。
それを見かねた主人が、「代わるから少し寝て良いよ」と言ってくれました。
十日間位は本当に気が抜けない状態で、仕事に行っても、「家に帰って亡くなっていたらどうしよう?」と、いつも思ってました。
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こんな風に大変な時を過ごした我が家。
やがて先住犬たちも、少し時間がかかりましたが、桜を受け入れてくれました。
私は桜のことは全て、我が家の長男ピースに任せました。ピースは頼りになる子なのです。
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さて、その後の我が家ですが、この4月にシュウが亡くなってしまいました。
今の桜は、ピースと2匹でのんびり過ごしています。年が近いので、よくケンカをするのが玉にキズなのですが。
そういえば桜は何故か、シュウには全く怒りませんでした。
本当にシュウが大好きで、亡くなるその日まで寄り添っていました。
犬には犬の世界があるのですね。
我が家は桜を迎えて、本当に良かったと思っています。
――桜へ――
今まで頑張って来たから、もうゆっくり休んで残りの犬生を楽しもうね。
私は、桜の頑張りを見習わなくちゃと思うよ。
※扉の写真は、最近オモチャにも興味を持ち始めた桜です。
――桜がうちにくるまで|おしまい――
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――うちの子がうちにくるまで・次話――
子供時代から私の側には、いつも犬猫がいました。
しかし阪神大震災で一転、私は動物のいない暮らしに――
やがて時が経ち、出会いの時がきました。
―同僚の友達宅―
目の前には、生まれたてのダックスの赤ちゃん達。
そこに1匹だけ、金色の毛の女の子がいたのです。
――うちの子がうちにくるまで・前話――
まっくすは、夫が独身時代から飼っていたケアンテリア。
元気MAXでやんちゃな犬。
私達は結婚して、まっくすと私は家族になりました。
私の子供の頃からの夢は、大好きな犬との生活。
リードを持っての散歩の時、私はいつもワクワクしていました。
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この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――うちの子がうちにくるまで、第1話です――
昔からいつかはワンを飼いたいと、ずっと夢見ていたんです。
でも、夢と現実の差はでっかいですよね。結局はずっと、実現できずじまい。
――そんな夢を叶えた飼い主さんのお話。
犬との出会いは運命に似ています。
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うちの子がうちに来るまで
片目を失った犬を、保険所から引き取ることにした夫婦。
犬との出会いはいろいろとあって、迎える時の葛藤も様々です。
犬にハンデがある場合は、特にその葛藤は大きいはず。普通ならば――
それをものともしない、優しい心を持った飼い主と犬とのお話です。
夫婦はその犬を、旅人(たびと)と名付けた。
もう旅をしなくて良いと、思いを込めて。
犬というのは逞しい生き物だ。
体がどこかおかしくても、ちゃんと適応して生きてくれる。
楽しそうな笑顔だ。屈託のない笑顔だ。
飼い主と共に、生を楽しむ、溢れ出すような笑顔だ。