IF I COULD TALK / BEST DOG FILM / OFFICIAL VIDEO ・YouTube
もしも人間の言葉が話せたら
今日はご紹介したい動画があります。
『 If I Could Talk 』 と題された、7分ほどのショートフィルム。
邦題では『もし僕が人間の言葉を話せたら』となっています。
以前に話題になって、拡散もされた動画なので、ご存知の方も多いのではないでしょうか?
このフィルムは、
『もしも犬が最期の瞬間に、話すことが出来たなら……』
という設定の元に描かれたストーリーなのですが、巷の評価は、どうも本質と違うところがクローズアップされているように感じます。
そこで今回はこのフィルムについて、すこし違う視点から、解説をしてみようと思います。
【目次】
- もしも人間の言葉が話せたら
- 扱われている題材は、犬の安楽死であるが
- フィルムをご覧になる前に
- IF I COULD TALK
- EVEN THIS このこともね……
- 共感できる言葉
- 作品の行間に込めた思い
- 安楽死を扱った記事のご紹介
扱われている題材は、犬の安楽死であるが
IF I COULD TALK / BEST DOG FILM / OFFICIAL VIDEO ・YouTube
この手の話が苦手な方もいらっしゃると思うので、最初に申し上げると、このフィルムでは犬の安楽死が扱われています。
しかし特筆しなければならないのは、その安楽死はテーマではなく、単なるモチーフであるということです。
欧米では愛犬の安楽死は治療と同じ、選択肢の一部です。
愛犬がガンなどの重病を患った場合は、診断が確定した時点の、症状がまだまだ軽い、或いは症状がほとんどない時点から、安楽死は普通に選択されるそうです。
海外の友人から聞いたところでは、安楽死を選ばない飼い主の方が、”犬が可哀そうだ” と評され、「安楽死をさせてあげなさいよ」とアドバイスを受けるほど、日本と文化が違うのだとか。
フィルムをご覧になる前に
IF I COULD TALK / BEST DOG FILM / OFFICIAL VIDEO ・YouTube
このフィルムが語りかけているのは、安楽死の是非ではありません。
――犬が人間と話が出来たら、最期の瞬間になんと言うだろうか?――
そんな、飼い主にとっての永遠のテーマが題材なのです。
日本のサイトでこのフィルムを語られる際、”安楽死” がクローズアップされがちです。
しかし、本質は全然違うと思います。
注目すべきは、犬と飼い主の絆 なのです。
下記がその7分のフィルムです。
まずはどうか、何も考えずに見てください。
ピアノの伴奏だけで、台詞はありません。
英語の短いフレーズが時折カットインしますが、英語が苦手でも映像だけで理解できます。
※日本語訳のフィルムや、解説ページもありますが、どうかそれは最初は見ないで下さい。理由は後で書きます。
IF I COULD TALK
IF I COULD TALK / BEST DOG FILM / OFFICIAL VIDEO
フィルムにカットインするフレーズの日本語訳は、下記のサイトが親切です。
『涙で視界が見えなくなる「もしもボクが人間の言葉を話せたら・・・」犬の最期の想いを綴ったショートフィルム』(参照元:カラパイア)
しかし、映像と文章の差というべきか、日本語訳を読むだけだと、ムービーのカットインに込めた、監督の意図が感じられません。日本語での解説を読んだあとで、もう一度ムービーをみると、それが分かるはずです。
EVEN THIS このこともね……
IF I COULD TALK / BEST DOG FILM / OFFICIAL VIDEO ・YouTube
ご覧になってみて、どう感じましたか?
欧米人の死生観と、日本人の死生観は違います。
当然、愛犬に対しても、死生観が異なります。
しかし、このフィルムを見て、愛犬に対する思いの本質は同じだなのだと感じました。
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作中のカットインで、犬の言葉で、『EVEN THIS』と語られます。
日本語で言うと、『このこともね』となります。
年老いた犬が、過去を回想しながら語る言葉。
最初の三分の一くらいに出てくる言葉です。
この『EVEN THIS』の一言が、作品全体を支配していることが、最後に分かります。
共感できる言葉
IF I COULD TALK / BEST DOG FILM / OFFICIAL VIDEO ・YouTube
フィルムの最後に、2つの言葉がカットインします。
素晴らしい言葉なので、2つともご紹介します。
- Anatole France -
(和訳)
『犬を愛するまで、人の魂の一部は眠ったままなのだ』
- アナトール・フランス -
- Will Rogers -
(和訳)
『もし天国に犬がいないなら、私が死んだら、(天国じゃなく)犬が行った場所に行きたい』
- ウィル・ロジャース -
作品の行間に込めた思い
検索をしてみると、本作品を解説した日本語の記事は沢山みつかります。
ここでは2つ紹介しましょう。うち1つ(下の方)は、上記で既にご紹介したものです。
これらは一部、作品の日本語訳もなされています。
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日本語記事の多くが、安楽死と言う衝撃的なモチーフに注目しすぎているように感じます。もちろんそのように作品を見ても良く、普通に感動しますが、残念ながら”普通”止まりです。
また映像を文章で解説すことの限界も感じます。文章では残念ながら映像全体に流れる世界観や味わいまでは再現することができません。
文学で良くいう、”作者が行間に込めた思い”が、上手く表現されていないというか……
繰り返しになって恐縮ですが、まずはオリジナルをご覧ください。その後で日本語記事で内容を把握してから、もう一度オリジナルを見直してみてくださいね。
――安楽死はテーマではなく・了――
文:高栖匡躬
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安楽死を扱った記事のご紹介
愛犬を看取る、家族のお話。
ペットと暮らす者なら誰もが通る道だけれど、少しずつ違う道。
色々な選択肢があって、正解は一つではない。
わが家なりの送り方って何?
『ラフと歩く日々』の続編です。
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愛犬ラフの去り方を決めたのは自分でした。それはとても自然に――
その存在が消えた空間で、無意識にラフを探す日々。
やがてラフとの別れに、意味が生まれ始めます。
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大切な愛犬、愛猫――
重い病気になっても、安楽死はそう簡単には決断できることじゃない。
特に「その時」には――
飼い主は、愛犬の命を預かる立場。
だからこそ「その時」には、どちらにするか決めてあげたいように思います。
これは心の準備のお話。
するにしても、しないにしても、考えておくことは大切なのだと思います。