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【顔面神経麻痺|闘病記】5年の通院でも改善せず ~長く続いた耳の病気(治療編)1/2~【中耳・内耳炎/前庭症状】

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れんの闘病記:中耳・内耳炎による前提症状を伴う顔面神経麻痺 
治療・闘病編(1/2)

れんの闘病【顔面神経麻痺】【前庭症状】

文|かっぱ太郎 撮影|F.zin
 

前記事では、我が家の愛犬れんが2012年に、『中耳・内耳炎による前庭症状を伴った”顔面神経麻痺”』と診断され、通院が始まったところまでを書きました。

今回はその闘病編です。

れんの闘病が始まって5年がたちました。
その頃、我が家ではもう一つの闘病が始まりました。
れんの相棒でひとつ年上のちぃが、病に侵されたのです。

れんの闘病とは違う話なのですが、私にはちぃの闘病と、れんの闘病が重なります。それはこの記事の後編の後の方で分かるのですが、ここからは、れんと並行して、ちぃの話も書いていきます。

 

 ちぃの発病

ちぃの発病

2017年の初夏、れんの相棒でひとつ年上のちぃが、急にごはんを食べなくなりました。緊急入院と手術の必要な病気にかかってしまっていたのです。

入院した日にちぃは10歳になりましたが、れんと私たち家族は、ちぃの誕生日を祝うこともできませんでした。翌日の手術のことを考えると、お祝いどころではありません。

ちぃは貧血で危険な状態で、手術のあとも何日か入院し、少し元気になって退院しました。退院したといっても、お腹を切ったあとなので、傷をなめないようプラスチックのエリザベスカラー(保護用の襟巻き)を首に巻いていました。

少し元気が出てきて、いきおい良く歩き回るので、パラボラアンテナのようなカラーで、まわりのものをなぎ倒しそうに見えました。

れんは自分がなぎ倒されるのを恐れて、ちぃが通ると道を譲りました。まるでライオン様のお通りです。

私たち家族は、ちぃを安静にさせようとなだめ、それを見たれんは、自分も静かにしていなければならないのだと知りました。いつものボール遊びも、なるべく静かに、ちぃにぶつかったりしないように気をつけているようでした。

病院で、ちぃのパラボラアンテナが外されて家に帰った日、れんは玄関に飛んできて、ちぃに抱きつくような仕草でちぃを迎えました。まるで、

「ちぃちゃん、お帰りなさい!良かったね。」
と、自分のことのように喜んでいるように見えました。

 

 れんの耳掃除

れんの耳掃除

れんの耳の疾患は、4歳の時。それ以来、いつも耳の中が少し赤くなっていました。
季節によっては、赤みがひどくなり、ジクジクと液体が出てくることもあり、そのたびに薬が必要になりました。

薬で少し良くなっても、週に一度は必ず耳の洗浄のために通院し、家でも朝晩の耳掃除は欠かせませんでした。

初めのうちは耳に触られるのをとても嫌がって、手に噛み付こうとしました。噛み付くといっても、れんの場合、歯を立てずに「ぱくっ」と唇ではさむようなやりかたなので、私が手を怪我することはありませんでした。

それでも、耳の掃除中に頭を動かされるとうまく洗ってやることができず、時間もかかります。

フードを一粒左手でつまみ、れんの口元にあてながら、右手で耳に洗浄液を流し込み、耳の根元をよく揉みこんでから脱脂綿でふき取るのは、慣れないと大変な作業でした。

おまけに、相棒のちぃがやってきて、「れんをいじめないで!」とばかりにワンワン吠え立てて邪魔をするので、飼い主にとっても、耳掃除はちょっと苦痛な時間でした。

ちぃをなだめて居間へ行かせ、れんは台所に隔離してなんとか毎日、何年もこれを続けました。

そのうちに、れん本人も、ちぃもこの行事に慣れて、朝と晩にはおとなしく耳掃除を我慢してくれるようになりました。

ちぃのほうは、お風呂場以外での耳掃除など絶対させてくれませんでしたし、お風呂でも、顔のまわりにお湯をかけられるのが大嫌いで、大暴れするので、噛まれないようにすばやく耳を洗ってやらなければならない子でした。

仔犬のころから人には従順で、治療にも協力的なれんのほうが耳の疾患になったのは、不幸中の幸いでした。

もしもこれが本気噛みを躊躇しないちぃのほうだったら、私の手の指たちは常に包帯だらけだったかもしれません。

 

 外科療法

外科療法

れんの耳は、何年経っても一進一退を繰り返して、いつまでたっても完治しません。
それを見て先生はこう言いました。

「外科療法をしてみませんか?」
「全身麻酔をかけて鼓膜を切開し、中のほうまできれいにする方法です」

これは人間の話ですが、娘が小さいころ、慢性の中耳炎を繰り返し、内科療法から外科療法に切り替えたらすっきりと治ったことがありました。

人の場合、全身麻酔も使いませんし、一瞬で鼓膜に穴をあけて中の膿を出してもらいました。娘は乳児だったのでまったく覚えていないと思いますが、ぎゃっと泣いて、すぐにおとなしくなりました。

れんは、フレンチブルドッグにしては細身でイビキもかかず、呼吸器系にも特に問題はなかったのですが、全身麻酔についてのリスクの説明を聞くと、どうしても外科療法には踏み切れませんでした。

切開したとしても、「必ず治るかどうかはわかりません」とのことだったので、私は内科療法を続けるようにお願いしました。

血液検査をしながら、少量のステロイドを飲ませ続け、炎症が起きるたびに耳だれの菌を検査して、それに合う抗生物質を処方してもらいました。

ところがれんの耳の菌は、処方された抗生物質にしだいに耐性をつけてしまい、何種類もの抗生物質が効かなくなり、選択肢が少なくなってゆきました。

オゾン化オイルを洗浄後の耳に入れたり、一か月間効果のあるという点耳薬も試みましたが、大きな効果は出ませんでした。

そして発病から4年が過ぎたころのことです。
「念のため、大学病院で腫瘍の検査をしてみましょう。軽い麻酔も必要ですが、切開するための麻酔ではなく、ちょっと動かないようにして、写真を撮るだけですから、それほどリスクはないですよ」
そう言って先生は、精密検査を勧めてくれました。

大学病院は平日しか検査してくれませんし、予約診療でもとても時間がかかります。
そして私は、仕事を休みにくい環境でした。

しかし何年もれんの耳につきあってくださった先生が、一生懸命勧めてくださいます。折角の機会です方、こちらも真剣に取り組もうと思いました。

そして私は先生に大学病院への紹介状をもらい、検査の予約もお願いしたのでした。

 

――つづく――

文:かっぱ太郎、撮影:F.zin
 

――次話――

れんは幸い、腫瘍ではありませんでした。
しかし、その翌年に相棒のちぃに心臓腫瘍が見つかります。
ちぃの闘病を側で見守るれん。
通院の長い時間は、家でおとなしく待ちました。。
しかしやがてちぃとは別れの日が来ます。
ちぃは贈り物をし、去っていきました。

――前話――

前話は、発症と診断編です

突然元気をなくした”れん”。
心配で病院に行くと「顔が片方、下がっていますね」と。
診断は、内耳・中耳炎による顔面神経麻痺、それも前庭症状を伴う――
食いしん坊だったのに、痩せていくれん。
それは、6年に以上に渡る通院生活の始まりでした。

週刊Withdog&Withcat
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。

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 出典

※本記事は著作者の許可を得て、下記のエッセイを元に再構成されたものです。

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