文:高栖匡躬
犬猫の飼い主が見た加計学園問題の3回目です。
前回の2回目は、医療現場の実数値から、動物病院の収支を推測しましたが、今回は一般に公開されている統計データを使って、それを行ってみたいと思います。前回と今回の推測値を見較べる事で、色々なことが見えてきます。
以下、面倒な計算の記述は、黄色の枠内に納めています。どんな計算をしたのか、興味のある方は読んでいただき、そうでない方は結果だけ、ご覧になってください。
尚、計算に用いる母数は、第1回目と2回目の記事に記載した下記の数字を用います。
・犬の飼育頭数は9,878千頭、猫は9,847千頭
平成25年~平成28年 同調査より推定
・犬の通院回数 4.44回、猫の通院回数 2.21回
平成28年 農林水産省調査より
・全国の動物病院の数は11,675施設
・犬猫に対応する獣医師は 15,205人
平成24年 大阪フレンドロータリークラブ講演会より
・1動物病院あたりの平均売上は3000万円
出典:一般社団法人ペットフード協会、農林水産省、大阪フレンドロータリークラブ
※詳しくは1回目、2回目の記事をご覧ください。
【目次】
- 1頭の犬および猫の、年間の医療費
- もう一つの医療費(参考値)
- それでは、動物病院の推定売上を計算してみましょう
- では、本当の売上平均値は?
- 大事にされていない犬猫がいる? 動物病院に行かない犬猫がいる?
- しかし、恐らくは
- ここで重要な問題提起
- 潜在的市場規模
- 結論として
- このシリーズ記事の全体構成は
- もう一つの動物医療問題(狂犬病予防注射)
1頭の犬および猫の、年間の医療費
動物病院の売り上げを試算するには、1頭の犬および猫につき、年間に幾らくらいの医療費が支払われているかを知る必要があります。
この数字を探したところ、ペット保険で有名なアニコム損害保険株式会社が公開する資料の中でに、目的のものがありました。
下記がその数字を抜き出したものです。
2016年 アニコム損害保険株式会社発表 犬猫の年間医療費
項目(円) | 犬 | 猫 |
病気やケガの治療費 | 57,129 | 35,016 |
ワクチン・健康診断等の予防費 | 24,862 | 8,638 |
→スマートフォンは、スライドしてご覧ください→
つまり、犬の医療費は81,991円(年間)で、猫の医療費は42,654円(年間)ということです。(計算は下記)
医療費 = 治療費 + 予防費とすると、下記の結果となります。
犬の医療費 57,129円 + 24,862円 = 81,991円
猫の医療費 35,016円 + 8,638円 = 43,654 円
上記数値の出典元はこちらです。
出典:アニコム損害保険株式会社
筆者の経験からすると、犬の予防費がえらく高い印象です。狂犬病の予防注射が3,000円ほどで、混合ワクチン(5種)が8,000円ほどなので、この数字を信じるとすると、飼い主は毎年14,000円くらいを、検診に使っているという事になります。
●
実は、犬が病気に罹った場合の検査費用は、かなりの高額になる場合があります。ペット保険の適用外のものもあるからです。毎年検診に14,000円と考えると疑問に感じるかもしれませんが、病後に定期的に行う精密検査が、平均値に反映されていると考えると、意外に妥当な数字なのかもしれません。
もう一つの医療費(参考値)
実は、犬猫の医療費を調べる中で、もう一つの統計数値も出てきました。
東京都福祉保健局が行ったアンケート調査によるものです。
東京都福祉保健局によるアンケート調査(調査期間:平成23年10月~平成24年3月)
この調査によると、犬は3~6万円(35.1%)が最も多く、猫は1~3万円(36.6%)が最も多いとなっています。
参照した資料は下記の中にあります。
下記が参照資料です。
本調査は無回答の割合が多い事と、回答が選択式で、1万円未満、3~6万円などと幅が広く、正確な代表値がとれない事から、下記のような条件で、参考値を算出しておきます。
条件
・無回答は有効回答でないものとして除外する。
・幅のある金額値は、その中間値を代表値(参考)とする。
計算
これで計算をすると、犬の場合は、73,074円で、猫の場合は42,200円となります。
調査年数の違いを補正するため、アニコム社の2014年(犬:109,223円、猫62,777円)と2016年(上記)の変化割合をそのまま適合させると、下記の結果にになります。
犬:54,855円
猫:29,345円
犬:54,855円、猫:29,345円は統計値としては有効とは言い難いとは思いますが、アニコム社の調査よりも、医療費の実体が低いところにあるのではないかと疑わせる数字なので、参考までに掲載しました。
数字の傾向が違う理由を筆者なりに想像すると、ペット保険の加入者はペットに対する意識が高いために、相対的に高額な医療費を受け入れる傾向にあるのではないかと思います。
それでは、動物病院の推定売上を計算してみましょう
さて、いよいよ、1動物病院あたりの売り上げを算出してみます。
犬の場合
9,878千頭/11,675施設×(57,129円+24,862円)= 69,371,058円
猫の場合
9,847千頭/11,675施設×(35,016円+8,638円)= 36,818,924円
合計すると
69,371,058円+ 36,818,924円=106,189,982円
なんと1動物病院あたり、平均で1億620万円ほどを売り上げる計算です!
動物病院は、こんなに儲かるのか!
などと早合点はしないで下さい。
――ここで、おかしなことに気が付きます。
冒頭(元々は前回記事)の母数に挙げた、1動物病院当りの平均売り上げは3000万円。
その差は7000万円を超えるています……
――何故?
●
その理由はとても簡単です。アニコム社の調査結果は、保険加入者に対するアンケートを元にしたものだからです。同社の保険に未加入の飼い主の実情までは、反映されていないのです。
実は、この差の大きさは、アニコム社の保険に加入した意識の高い飼い主と、そうでない飼い主の差を現すものでもあります。実際には、ペットにそれほどお金を掛けないか、或いはそもそも病院に連れて行かない飼い主が多い事を示唆しているのが、数字の差の大きさだと筆者は推定します。これについては、後程もう一度触れます。
では、本当の売上平均値は?
さて、ここでは冒頭の母数の方から、1動物あたりに掛かっている医療費を逆算してみましょう。まずは、全ての犬と猫が、必ず年1回は病院に行くと仮定した計算です。
犬の場合は狂犬病の予防注射が義務付けされているので、年に1回のイメージが湧きますが、猫にはそれがありません。少々無理やり感はありますが、それをしないと計算ができないので、ご容赦ください。
●
また、動物病院の売り上げ平均3000万円は、他の数字が平成28年であるのに対し、平成24年の講演会で語られた数字であることを、予め申し上げておきます。そもそもの数字が医療現場の体感値で、年度を限定したものではないこと。そのような統計データが他に見つからなかったことから、この数字を採用しています。
※前提条件:犬と猫の医療費の差は、アニコム社の発表数値の犬81,991円対猫43,654 円をそのまま流用します。
以下、計算です。
1病院が年間で扱う犬の頭数の平均 9,878千頭/11,675施設=846頭
1病院が年間で扱う猫の頭数の平均 9,847千頭/11,675施設=843頭
犬と猫の医療費の割合(犬を1とすると) 81,991円対43,654円 =1対0.532
犬の年間医療費をNとすると、下記の計算が成り立ちます。
3000万円=N×846頭 + N×843頭 × 0.532
結果は
犬の医療費(N) = 23,147円
猫の医療費 = 犬の医療費(N)× 43,654/81,991) = 12,324円
さて、犬の医療費(年間)の平均値は23,147円、猫の医療費(年間)の平均値は12,324円となりました。
ここからこの数字を元に、更に考察を進めて行きます。
大事にされていない犬猫がいる? 動物病院に行かない犬猫がいる?
ここまでの医療費の計算の結果で、
犬の場合、アニコム社の平均 81,991円に対して、計算上の平均値は23,147円
猫の場合が平均43,654 円に対して、計算上の平均値は12,324円
どちらも3倍以上の開きがあります。
●
この差を考察するために、極端な論理ながら、以下の仮定をしてみました。
アニコム社発表の平均医療費、犬81,991円と猫43,654 円は、犬を飼う(可愛がって飼う)上で、絶対的に掛かる金額だと仮定し、それを支払わない飼い主は、そもそも1度も動物病院には行かないのだとしてみます。
計算は下記のようになります。
・犬1頭に対する、猫の頭数の比率 = 843 ÷ 846 = 0.996
・犬を病院に連れて行く飼い主の数をSとすると、下記の計算が成り立ちます。
3000万円 = S × 81,991円 + S × 0.996 × 43,654 円
・Sを求めるとこうなります。
S = 239.1人
・つまり、1病院あたりで、病院に連れて行ってもらえる犬猫の数は下記です。
犬 = S = 239.1頭
猫 = S × 0.996 = 238.1頭
1動物病院あたり、動物病院に連れて行ってもらえる犬と猫の数は、それぞれ 239.1頭と、238.1頭という結果になりました。
●
これを、全国の犬と猫に換算してみましょう。
・これを行うには、上記の数字に11,675施設を掛けるだけです。
病院に連れて行ってもらえる犬の頭数 = 2,791,493頭 (全国9,878千頭中)
病院に連れて行ってもらえる猫の頭数 = 2,779,818頭 (全国9,847千頭中)
なんとこの計算からは、全国の犬猫の中で、犬は72.7%もの子が、猫は72.8%もの子が、年間に1度も病院に連れていってもらっていなのではないか、という可能性が浮かび上がります。
驚くべき数字です。
しかし、恐らくは
前2項の計算は、どちらも極論の上で数字を算出しただけに過ぎません。恐らくはこの両方の数値の間に、本当の解があるのでしょう。
例えば年間医療費は、実際には参考数値として挙げた、東京都の調査(犬:54,855円猫:29,345円)辺りが、実は妥当な平均値なのかもしれません。
●
仮にこの数字で換算してみると、動物病院に連れて行ってもらえない犬と猫の割合は、48.6%と49.4%程(辛うじて半分以下)。
半分以上の割合の犬猫が、病院に連れて行ってもらえている可能性があると考えると、幾らか気持ちは軽くなってきます。
ここで重要な問題提起
結論に行くまでに、一つだけ重大な問題提起があります。
犬のうちのかなりの割合の子が、一度も動物病院に行っていないのではないかという可能性は、言い換えれば、法律で義務付けされている、狂犬病の予防ワクチンを注射していないことになります。
一体これは何を意味するのでしょうか?
●
実は筆者は、狂犬病の予防ワクチンは、愛犬にとって必須と思っていたのですが、本件を機に調べてみたところ、世の中には狂犬病の予防ワクチン不要論というものがあり、かなりの数の飼い主さんが、そこに属しているようなのです。
実はこの不要論が根拠にする数字には、大きな揺れ幅があることを発見したのですが、それは別の機会に触れようと思います。
●
加計学園問題とは別の話なのですが、狂犬病の予防ワクチンの是非は、議論しておくべき大事な課題だと考えています。
これについては後日、別記事でご紹介いたします。
潜在的市場規模
さて、本記事4項で計算した、アニコム社の契約者が使う医療費から計算した、1動物病院あたりの平均で1億620万円ですが、これは全く意味のないものではありません。
全飼主のペットに対する意識が向上し、アニコム社の契約者の平均値と同じくらいの医療費をペットに投じる世の中になれば、1動物病院あたりこれだけの潜在的な売上機会であるということです。
つまり、その数字を動物病院数11,675施設に掛けた値が、犬猫に対する潜在的市場規模と見る事も出来る訳です。
●
かなり無理やりな解釈に見えますが、根拠が全く無いわけではありません。
何しろ、一般公開された統計数値から導き出された、一つの解であるからです。
それでは、全国の動物病院の潜在的な市場規模を計算してみましょう。
・この計算も、上記の数字に11,675施設を掛けるだけです。
1億620万円 × 11,675施設 = 1,239,885,000,000円
約1兆2400億円が、動物病院における、犬猫の医療費の潜在的市場規模となります。
この数字は、2017年7月15日に、矢野経済研究所がプレスリリースを発表した、2015年度のペット産業全体の市場規模(下記)、1兆4,689億円程度に迫る数字でもあります。
出典:矢野経済研究所
筆者の感覚としては、意外にリアリティのある数字であるように思えるのですが、どうでしょうか?
結論として
本記事の考察で、筆者の結論は下記です。
① 動物病院の潜在的市場規模はまだまだ大きい
(潜在的市場規模の5分の1しか顕在化していない可能性)
② ペットを年間で、一度も病院につれていかない飼い主は多そうだ。
③ 動物病院の収支を改善させるには、ペットに対する意識を高めることが大切
④ (参考)狂犬病予防ワクチンを接種しない犬が、相当数いると考えられる。
何度も書いていますが、加計学園問題の核心は、実は街の動物病院ではなく産業獣医の方にあります。長い前置きが終わろうとしています。
それではまた。
このシリーズ記事の全体構成は
――犬猫の飼い主が見た、加計学園問題・つづく――
文:高栖匡躬
▶プロフィール
▶ 作者の一言
▶ 高栖 匡躬:犬の記事 ご紹介
▶ 高栖 匡躬:猫の記事 ご紹介
Follow @peachy_love
●
――次話――
次回は、過去3回の検証に誤りがなかったかを検討します。
本当に獣医師は足りないのか?
たったそれだけ調べたいだけだったのに、随分と沢山のことが分かりました。
高度医療、先端医療の医療費の高さも再認識。
振り返れば、うちもこの高い医療費を払ったんだよなあ。
――前話――
この回は、街の動物病院が、儲かっているかどうかの検証。
なぜ産業獣医師に、希望者が集まらないのか?
それを語るには、引き合いに出される側の、動物病院をもっと知る必要がある。
飼い主目線の検証第2話。ネット上に公開された、諸所の数字から読み取る。
●
●
この記事は、下記のまとめ読みでもご覧になれます。
●
――初回の記事です――
●
もう一つの動物医療問題(狂犬病予防注射)
狂犬病予防注射実施率を検証してみる
この注射には賛否両論あるようだ。積極的に反対をする人もいる。
その反対の理由を読むと、なるほどと思う。
そこでまた、色々と調べて見ました。
そして、気が付いた。
「推進している側と、反対する側では、全く論点が違うんだ」
前回記事では、狂犬病予防注射の実施率が低いことを書きました。
その中でも30%台の数字はあったことには、特に驚きました。
その数字が、どこから来たのか?
疑問に感じて、追いかけてみたのが今日の記事です。
実施率って、ちょっとした数字の選び方で変わります。