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【肛門周囲腺癌】命の期限と別れ ~りゅうと家族のお話(3/4)~

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りゅうと家族のお話(3/4)肛門周囲腺癌闘病記 りゅうの闘病と別れ

撮影&文|くみ
 
このお話は

激しい痛みに耐えるりゅう。その姿を見て、りゅうの安楽死を決めた家族。
病院に電話をした時、りゅうの命の期限が決まりました。
――本当にこれでいいのか?
悩みながらも、残された時間が刻まれていきます。

4話連続の3話目です。

こんな方へ:
老犬が病気になってしまった|突然のことで受け入れられない|別れを見据えた闘病に、どう対処すべきか?|同じような経験をした方はいますか?

 

 命の期限

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りゅうの「安楽死」を受け入れることにしても尚、家族の心は揺れました。

――ついにその時がきてしまった。
そう考える一方で、
でも――、それをいつにするのか……
と、別の自分が問いかけてきます。

長く待たせる分だけ、りゅうの痛みと苦しみが長くなる。
けれど、けれど、けれど……
こんなにも愛してやまない可愛いりゅうの命の期限を、私たちが決めてしまっていいのか?
りゅうは本当は、生きたいと願っているのかもしれない。
――本当にこれでいいのか?

 ●

それは辛い決断の時間でした。
しかしそうしている間も、りゅうは食べることも出来ず、歩くことも出来ず、排泄も思うように出来ないまま、溶解する骨の痛みに苦しんでいます。
肛門に出来た腫瘍が壊死してそこから臭いを放ち、常に出血しているのを我慢しています。

その姿を見ると、もう長くは我慢させたくないと思いました。

 

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3月10日という日にちを決めて、病院にそのお願いの電話を入れました。

その日に決めたのは、痛みによるギャン鳴きから考えて、りゅうが耐えられる時間としてあと3日が限界かなと思ったからです。3/8は私の誕生日でしたが、それを避けたいという思いもありました。そして”その日”は、家族全員が立ち会える日でした。

残された3日――
それは、家族全員が覚悟を決めるための時間になりました。

 ●
先生は、静かに「わかりました」とおっしゃいました。そして、「途中で気が変わってしまったら、やめてもいいんですからね」と私たちに逃げ道を作ってくださいました。

こんなにも辛い決断をしなければならない現実に、悔しさと悲しさ、そしてりゅうに対しての申し訳なさが入り混じりました。りゅうの命の期限を切ったことが正しいのか、という自問自答が私の中で始まりました。
「今、目の前で癌と闘っているりゅうは、まだ生きているのに…」
そう思うと、胸が引き裂かれるようで気が狂いそうになりました。

 ●

Twitterでのりゅうの投稿には、それまで「#負けない!」というハッシュタグをつけていましたが、「#我慢させない!」というタグに変えました。
断腸の思いからの変更でした。

 

 後悔

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りゅうは、いつの頃からか、鼻の前にお肉の汁や魚の汁を持っていっても、顔を背けて舐めようとも匂いを嗅ごうともしなくなっていました。

まさか自分で食べ物を拒否しているのだろうか、と思い、試しに固形物ならどうだろうと肉のかけらを鼻の前に持っていきました。しかし、りゅうはやはり顔を背けました。大好きだったシュークリームやヨーグルト、アイスクリームも、顔を背け食べることを拒否するようになっていました。

お腹はペチャンコになり、痩せ細っていくりゅうを見るのは辛く、悲しく、悔しくてたまりませんでした。

先生に、安楽死の依頼の電話をしてからの3日間、どうやって過ごしていたのか、私にはあまり記憶がありません。まるで死刑を待っているような…もしかすると、自分が死刑を言い渡される時というのはこんな気持ちなのかもしれません。

あと3日しか、りゅうと一緒にいることが出来ない、という焦り…この3日間をどうやって過ごしていけばいいのだろう、という気持ちからなのか、家の中の空気が重く感じました。

でも、私は、りゅうの前ではいつもと同じように振る舞っていたいと願っていました。

不思議なのですが、なんとなくりゅうは、気付いていたような気がしました。自分の命が、もうすぐ終わるのだ、ということを――
そして――、それを私たちが決めた、ということも。

りゅうはそれを、静かに、全てを受け入れていたような気がします。

 

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りゅうとの最期の日――

「午後8時に病院に連れてきてください」と先生から言われたあの日…

りゅうは、それまでぐったりとして寝たきりで顔もあげようとはしなかったのに…

あの日の早朝から、私に添い寝を許してくれました。私の肩に自分から頭を乗せて甘えてきました。まるで『自分を忘れないでね』と私に言っているかのように。

間違いなく、りゅうが一番大好きでいつも一緒にいたいと思っていたのは、私だったと思います。息子は、成長と共に、塾や部活などで忙しく、大学に入ると帰りが遅くなり、社会人になってからは一人暮らしでした。主人も、仕事の出張などで、家にいることが少ないため、りゅうは常に私と過ごしていました。

いつも、いつも、私の動きを目で追っていて、私の姿が見えない時には、探しに来ていた可愛いりゅう。大好きな私のりゅうは、あの最期の日、私の膝に体を乗せて「おかあさん、おかあさん」と甘えるようにしていました。私にじっと体を預け、2時間ほどそのままでした。

私がトイレに立ったためその時間は終わりましたが、りゅうはもっともっと私に抱いていて欲しかったのではないかなぁ、と今も後悔が残っています。

 

 最期の晩餐

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刻々と時間が過ぎていき、午後3時になった頃、息子がりゅうの大好きなファミチキを買ってきました。「最後くらいは好きなものを食べさせてあげよう」と。

命の最後を数時間後に迎える今なら、りゅうの大好きなファミチキを与えても腸で詰まる心配もありません。りゅうは食べ物を拒否していたので、食べられるかどうかはわかりません。

ぐったりと寝ているりゅうに、息子がファミチキを見せると、りゅうは顔を起こして、ファミチキにかぶりつきました。あれだけ、どんよりと活気のなかったりゅうの瞳に光がさして、がつがつという言葉の通りにかぶりついたのです。その姿に、悲しみに包まれていた家族全員に笑いがおこりました。

「さすが、りゅうちゃん‼︎良い食いっぷりですねぇ。食べたかったんやなぁ」

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 ●

りゅうは、胃も腸も機能自体は何も悪くありませんでした。ただ、腫瘍によって腸が圧迫されて食べたものが通らなくなっている状態だったのです。そのために、ご飯を与えられなくなって流動食となりました。

どれだけひもじい思いをしてきたのだろうか、と考えると涙が止まりませんでした。きっと、もう食べさせてもらえないのだ、と諦め、自分から食べ物を拒否していたのでしょう。それを思うと、さらに胸が痛く苦しくなりました。

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 ●

りゅうは、息子が与えたファミチキを1個丸々食べ尽くしました。その食べっぷりの良さで、勢い余って息子の指まで噛んでしまいました。その様子を見て、さらに家族に笑いが起こり、ほんの束の間、元気な頃のりゅうの姿を、また見れたような気がして、あたたかい気持ちに包まれました。

しかし、それを食べ終えると、またぐったりと頭を垂れ、伏せってしまい、また痛みと苦しみに耐える姿に戻りました。

あれは、本当に、りゅうが渾身のチカラを振り絞り、執念で食べた最期の晩餐だったのでした。

 

 りゅうの微笑み

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りゅうが生きている間の最後の写真です。
病院の駐車場に着いた時、家族で撮影しました。
 

2020年3月10日午後8時

私たち家族は、りゅうを病院に連れていきました。りゅうは、もう頭を上げることもなく、ぐったりと伏せったまま、光のない目で何処を見ていたのか…まっすぐに前だけを見つめていました。

先生から「始めますね」と言われて、りゅうに点滴が用意されました。息子が、ぐすぐすと鼻をすすり、それに合わせたかのように私も涙が溢れてきました。「りゅうちゃん、よく頑張ったなぁ。本当にお利口だったよ。大好きだから」と声をかけながら、りゅうの頭や体を撫で続けました。りゅうはだんだんと麻酔で眠りについていきました。

「今ならまだ戻れますよ。今は眠っているだけですからお家に連れて帰れます」
先生から最期の確認がありました。

「いいえ、このまま続けてください」

この一言を、家族の中でりゅうが一番好きだったであろう私から言うなんて……
一番長くりゅうと一緒にいて、一番沢山りゅうとの思い出があり、一番りゅうを可愛がって、一番りゅうを愛している私が…

辛くて、辛くて、辛くて――

思いは言葉にならないよ…
どんな言葉だって足りないよ…

先生はゆっくりと薬をりゅうの点滴に入れていきました。

「ぅ……ぅ……くっ……」

これが小さく小さくりゅうの口から最後に漏れた言葉でした。
苦しそうにすることもなく、もがくこともなく、動くこともなく

「8時58分呼吸停止」
「9時9分心臓停止」

先生が、りゅうの体につけていた装置を静かに外してくれました。

私たち家族は、あたたかいりゅうの体を撫でてあげました。
「りゅう、やっと楽になれたね」
「もう、痛みも苦しみも、何も食べられなくてひもじい思いもなくなったね」
「よく頑張ったよ。本当にお利口だった」
「神様がお迎えに来たら、{◯◯りゅうです}ってちゃんと名前を言うんやで」

私の声はりゅうに聞こえたでしょうか?

りゅうの口元は口角がきゅっと上がり、まるで微笑んでいるような旅立ちでした。
それはあの壮絶で、本当に、本当に、痛くて苦ししかった闘病から解放され、ホッとした末の微笑みなのか――
それとも、とても幸せだったよ、と言いたい気持ちからの微笑みなのか――

どちらにしても、りゅうのその微笑みが、私たち家族の心を少し軽くしてくれたような気がしました。

 

 街の灯り

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先生の助手をしている女性が、エンゼルケアを行うため、りゅうを抱き上げて連れていきました。

りゅうの姿はぐにゃぐにゃとしていて軟かく、全く力が入っていないようで、まるで魂が抜けてしまったあとの抜け殻のように見えました。

――私のいとおしいりゅうは、もういないんだ。
一瞬で鉛のような現実がドンと心に落ちてきた感じがしました。

「エンゼルケアをする間は待合室でお待ち下さい」
そう言われて、家族で待合室の椅子に座って待っていましたが、私には今しがた行われたことが現実のものとは思えず、まるで夢の中にいるような気持ちで、涙も止まってぼんやりとしていました。

その時です――
「うっうっうっ…」と声がして隣を見ると、主人が嗚咽していました。そしてそこから堰を切ったように、「うおおお‼︎」と号泣し始めました。その主人の声は大きく、待合室に響き渡りました。

りゅうの処置をしてしる間、泣くこともなく黙ってりゅうを見つめていた主人でしたが、抑えていた気持ちが、一気に溢れ出てきたようでした。

りゅうのエンゼルケアが終わり、「連れて帰っても良いですよ」と先生から言われました。診察室に入ると、そこには、まるで眠っているようないつものりゅうの姿がありました。

綺麗に洗ってもらい、ほこほこしていて、何も着ていない裸族のりゅうでした。

「りゅうちゃん、よく頑張りましたね」
そう先生から言ってもらいました。

主人がりゅうを抱いて、車まで連れていきました。そして、病院に来た時と同じように、りゅうのマットに寝かせて、りゅうの大好きな家に向かいました。

私は、車を運転しながら、街の灯りが涙で滲んで、この世界が歪んで止まってしまったように見えました。

 

――りゅうと家族のお話(3/4)つづく――

作者:くみ

 

――次話――

りゅうと家族のお話|4/4

旅立ったりゅう。
そのりゅうを撫でながら、過ぎた日々を想いました。
泣きたくても涙は出て来ず、冷たく硬くなってしまったりゅうに、現実を思い知らされました。
りゅうを送る日――
頭の中にはずっと松任谷由美の『ひこうき雲』が流れていました。

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――前話――

りゅうと家族のお話|2/4

りゅうの『肛門周囲腺癌』は段々と進行しました。
食事はいつしか流動食に。
食べる喜びを失くしながらも、頑張るりゅう。
しかし恐れていたことが――
りゅうを激しい痛みが襲ったのです。
「その時がきた」
家族はある決断に思いを馳せるのでした。

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――この連載の第1話です――

りゅうと家族のお話|1/4

17年前に家に来たりゅうは、優しくて立派な柴犬に育ちました。
しかしそんなりゅうも、やがて老犬に――
ある日、小さな異変に気が付きました。
――急いで病院へ
最初の診断は『肛門腺腫』
しかし実は『肛門周囲腺癌』
そこから辛い闘病が始まりました。

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 ●

 りゅうがうちにくるまで

本話のりゅうさんを、家族に迎える時のお話です。

あれはもう17年も前のこと。
一人っ子だった息子が『犬を飼いたい』と言い出しました。
しかし主人は犬を飼うことには慎重です。
家族で出かけたペットショップの帰り道、息子は
「僕も兄弟が欲しい! 僕に兄弟をください! 」
と訴えて泣きました。

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 ペットとの別れについて

悲しみと悩みは別々のもの

”悩み”という言葉の中には、色々な意味が含まれていますね。
”悩んでいる”って言えば、色んなことが説明できて便利。
でも時にそれは、その言葉を使う人も惑わせて。
解決できるものを、解決できなくしてしまうような。
だから、考えてみた。”悩み”って何?

 

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