犬を飼うということ

Withdog 犬と飼い主の絆について

【Google検索】犬や猫が病気になったら読む話 ~闘病時の情報収集、検索方法~【治療法/薬/食事】

ペットの闘病時の情報収集、検索方法を考える闘病時の情報収集、検索方法

文|高栖 匡躬
 
この記事は

本記事は姉妹サイトのWithcatで反響のあった記事(闘病時の情報収集仕方とそのコツについて書いたもの)をベースにしたものです。ご質問をいただいたことへの回答を中心に加筆をした上で、【犬版】としてWithdogにも公開したいと思います。

こんな方に:
ペットが病気になってしまった|情報を集めたいがその方法がわからない|検索した記事の質をどう判断すべきか|商品に誘導する記事が多いので信用できない

  

愛犬や愛猫が病気になったとき、皆さんはネット検索で情報を探しますよね。今日はその”検索”の話題です。

検索の仕方にはコツがあって、そのコツを知るのと知らないのとでは、得られる情報の質が大きく違ったりします。質の悪い情報は、役に立たないだけでなく、時にはマイナス方向に働いてしまいます。
(間違った知識を得てしまうという意味です)

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【ペットロス】8月のこと、ピーチーまたな ~犬ってやっぱり~【希望と心の再生】

ピーチーの闘病記:別れとペットロスf:id:masami_takasu:20180315123511j:plain

撮影&文|高栖 匡躬
 
当時を振り返り

ピーチーとの別れから、あっというまに時は過ぎて、暑い夏になっていました。
気持ち的には――
あんまり変わらなかったように思います。

大きなペットロスはなく、一時は大きくなった寂しさは落ち着いて。
しかし、寂しさは無くなったわけではなく――

何というか、寂しさが楽しめるようになっていました。
ピーチーのことを思い出すと寂しいのだから、寂しさは楽しめばいいのだと思い始めたのです。

この考えは、今も同じです。
寂しさは当時と比べて減ったかと言うと、あんまり変わらないように思います。
相変わらず今の寂しくて、相変わらずそれを楽しんでいます。

あの闘病は――
あの介護は――
あの看取りは――

過ぎ去って思うのは、あれらは全て筆者の財産になったのだということです。

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【ペットロス】4月1日 ピーチーのいない3日間 ~うちの子が旅立ってからのこと(3/3)~【寂しさと悲しさ】

ピーチーの闘病記:別れとペットロスf:id:masami_takasu:20180315115257j:plain

撮影&文|高栖 匡躬
 
当時を振り返り

ピーチーが去った時、悲しくはありましたが同時に充実感があって、それがバランスを取っていたような感覚でした。

その当日は、悲しみに打ちひしがれる事も無く、淡々と過ぎました。
その翌日もそうでした。

しかし――
この3日目あたりからでしょうか――

寂しさがだんだんと大きくなり、悲しみを上回るほどになっていきました。
ああ、悲しさと寂しさは違うんだ――
そんなことを考えました。

恐らくはこれがペットロスというものなのでしょう。
良く聞くペットロスとは違うようです。
重症、軽症でいえば、多分軽症なのでしょう。
しかし――、重い軽いで言うようなものでは、ないのかもしれません。

(扉の写真と、以下の写真は、遺影の候補にしていた写真です)

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【ペットロス】3月31日 火葬を終えて ~うちの子が旅立ってからのこと(2/3)~【本当の別れ】

ピーチーの闘病記:別れとペットロス
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撮影&文|高栖 匡躬
 
当時を振り返り

ピーチーは別れの翌日の朝、荼毘にふしました。

当日は、前の日のブログを書いて、それから斎場に向かいました。
気持ちとしては、沈んでいるのではなく、むしろ前向きでした。

ピーチーの死に様は、誇らしいものであったし、飼い主としての心中も「やり切った」という充実感がありました。
ペットロスの実感はありませんでした。
――とは言え、やはりさびしいなあという思い。

(扉の写真は遺影です。一番好きな写真の1枚でした)

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【犬版】病気別闘病記リスト ~2018年3月30日現在~ @

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闘病記について

皆さんは、愛犬家の闘病記について、どのようなイメージをお持ちでしょうか?
きっと愛犬が健康なうちは、あまり気にも留めないものだと思います。我が家でもそうでした。 愛犬が病気になり、しかもそれが深刻なものと分かると、飼い主は必死で情報を集め始めます。そしてそこで気付きます。我が家の愛犬の病気に関する有用な情報は、ほとんどないことに――

(以上、闘病記を読むメリットから引用)

Withdogでは、飼い主さん自身が書かれた闘病記を、病気別で連載をしています。

なぜならば、闘病の際に最も役に立つのは、獣医師や動物医療の専門家の書いた論文や、医学資料などではなく、医療には素人であるはずの、飼い主さんが残した闘病記であると考えるからです。

本記事では、Withdogでご紹介させていただいた闘病記、および病気の情報の一覧(2018年2月28日現在)をまとめました。

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【ペットロス】3月30日 大好きだった自転車 ~うちの子が旅立ってからのこと(1/3)~【ペットロス|別れ】

ピーチーの闘病記:別れとペットロスf:id:masami_takasu:20180315012809j:plain

撮影&文|高栖 匡躬
 
当時を振り返り

ここからは、3回に渡って、ピーチーが旅立った後のブログを掲載したいと思います。

ピーチーが去った後の感覚は、よく言われているような喪失感とは、少し違ったように思いました。心にぽかんと穴の空いた感触なのですが、そこには悲壮感はなく、ただ空いた穴を眺めているような感じです。

悲しいよりも、寂しいという思いです。

恐らく、これまでに何度も危険な状態に陥り、そこから戻って来ているので、飼い主側の気持ちもそれに応じて変化していたのでしょう。
普通の”悲しい”を、一気に飛び越してしまったのかもしれませんね。

愛犬を亡くした方がよく陥るペットロス。
自分にもそれが訪れるのだろうか?
そんなことを、まるで人ごとのように思っていました。

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【看取り】3月29日、昼 さようなら、ピーチー ~うちの子が旅立つまでのこと(18/18)~【誇りに思うよ】

ピーチーの闘病記:肺がん・看取り編  f:id:masami_takasu:20180314212111j:plain

撮影&文|高栖 匡躬
 
当時を振り返り

驚くほど短くて、長い時間でした。

ピーチーに妙な兆候が見えたのが3月15日。
病気の発見からこの日で14日目。ちょうど2週間です。

体感的にはその期間は、3か月はたっぷりあったように思います。
だから、今でも日付を辿ると驚くのです。
「たった2週間だっけ?」

それほど濃密な時間でした。
振り返って、苦しかったと言う思いはまったくありません。
誰かにもう一度やるかと聞かれれば、「何度でもやる」と答えるでしょう。

永遠に続けば良いと思った時間が、終わろうとしていました――

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【肺がん】3月28日、夜 今夜は一緒に寝ることにします ~うちの子が旅立つまでのこと(17/18)~【残された時間】

ピーチーの闘病記:肺がん・看取り編  f:id:masami_takasu:20180314205327j:plain

撮影&文|高栖 匡躬
 
当時を振り返り

ピーチーの苦しさは、側で見ていてよくわかりました。
しかし、文句も言わずにピーチーはそれに耐えていました。

いや、耐えていたのかどうかは分かりませんね。
受け入れていたのは確かです。

安楽死の選択は、ずっと頭の中にありました。
ピーチーに痙攣など、劇的な症状が現れたら、恐らくはそれを選択していたはずです。

時間は過ぎていきました――
決断のタイムリミットは、主治医の診療時間である18時です――

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【肺がん】3月28日、午後 生きようとする意思 ~うちの子が旅立つまでのこと(16/18)~【逝き方を選ぶ】

ピーチーの闘病記:肺がん・看取り編  f:id:masami_takasu:20180314195513j:plain

撮影&文|高栖 匡躬
 
当時を振り返り

ピーチーとの大切な時間は、刻々と過ぎて行きます。
かなり苦しい状態だと言うことは、見るからにわかります。

筆者は、安楽死は肯定しています。
賛成派というほど積極的ではありませんが、尊重すべき重要な選択肢であると思っています。

しかし、どの時点でそれを選択するのか?
それだけが分かりません。
神様が「今だよ」と教えてくれるのならば、迷わずそれを選択するでしょう。
それほどピーチーは、苦しそうに見えました。

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【肺がん】3月28日、早朝 また新しい朝を迎えました ~うちの子が旅立つまでのこと(15/18)~【終末期】

ピーチーの闘病記:肺がん・看取り編  f:id:masami_takasu:20180314183814j:plain

撮影&文|高栖 匡躬
 
当時を振り返り

ピーチーの状態は劇的に下がる事はなくなりましたが、ゆっくりと下降していきます。

それを悲しむと言う気持ちはありません。
全てを受け入れて、看取りという一連の時間の中にいたように思います。

 ●

ピーチーに「行かないでくれ」という気持ちは全くありませんでした。
神様には「どうか穏やかな死を」と祈りました。

「最後にかけてやる言葉は何だろう?」
そう考えるようになりました。

最後は泣かないということだけは、ずっと前から決めていました。
最後は笑顔で送ろうとも決めていました。

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【肺がん】3月27日、夜 ピーチー、恐怖の防災点検 ~うちの子が旅立つまでのこと(14/18)~【終末期】

ピーチーの闘病記:肺がん・看取り編  f:id:masami_takasu:20180314160654j:plain

撮影&文|高栖 匡躬
 
当時を振り返り

この日は、これで3回目の記事更新でした。

刻一刻とピーチーの様子が変わり、それを書き留めていました。
ブログの読者に伝えることも目的でしたが、それよりも自分の心の平静のためだったようにも思います。

文章に書く行為は、冷静に事態を見つめて、心を落ち着かせる効果を持ちます。

この時に思っていたことは1つです。
そう遠くなくやってくるピーチーの旅立ちを、しっかりと受け止めてやろうということだけ。

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【肺がん】3月27日、夕方 呼吸が苦しいだけなのに ~うちの子が旅立つまでのこと(13/18)~【流動食|チュール】

ピーチーの闘病記:肺がん・看取り編  f:id:masami_takasu:20180314014835j:plain

撮影&文|高栖 匡躬
 
当時を振り返り

この頃には、もう深刻な状況が定常化していました。

いつ何が起きても不思議ではなく、ピーチーはもう明日を迎える事がないかもしれないと、常に思っていました。

しかしながら心は乱れるのではなく、逆に平静でした。むしろ、どんどん平静になっていったと言うべきかもしれません。覚悟という大袈裟なものではなかったように思います。上手く表現ができませんが、もっと透明感のある不思議な感覚です。

変に思われるかもしれませんが、我が家にはいつも笑いがありました。
病気になり、動きが制限され、元気な頃と全く違うピーチーが目の前にいて、そのピーチーと対話をして、面白い事があれば笑いました。

ピーチーはその風貌通りのオトボケな性格で、面白い事を色々とやらかすのですが、それは病気になってからも同じでした。

闘病も介護も、言葉にすると大変なのですが、なぜか毎日が面白かったですね。

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